【実写映画レビュー】野心的なアレンジと相反する曲調――骨太なクイーン・松岡茉優のゴルゴ的存在感が救い!?『ちはやふる 下の句』

 たしかに、上映劇場には中高生の同性仲良しグループの姿が目立っていた。演出タッチをライトなコメディ寄り、ローティーン向けに調整したのは、興行的にはおそらく正解だ。

 ただ、太一が体現する凡人の悲哀という大胆アレンジを心の底から感じ入ることができるのは、「かつて青春時代に“負けた”経験のある男ども」に限る。つまり、少なくとも大学生以上の男性だ。彼らにとって、本作のお子ちゃま演出トーンは耐えがたい。せっかくの入魂ベースサウンドが、カスタネットにかき消されている。

 この歯がゆい状況をどう表現すればいいだろう。スパイスたっぷりの本格カレーにリンゴと蜂蜜を入れすぎた残念感。極上のブルーマウンテンにミルクと砂糖を大量投入してしまったトホホ感。雅にあふれた百人一首の絵札が、pixivにゴマンと転がっていそうな萌え絵に置き換わったぶち壊し感……とでも言おうか。

 ただし、救いはある。あまたの萌え絵札のなかに、さいとうたかを先生ばりのガチな骨太劇画タッチをぶっこんでくる登場人物がいるのだ。主に『下の句』に登場する現かるたクイーン・若宮詩暢(わかみや・しのぶ)。千早にとって最強のライバルにして、孤高の天才である。 詩暢を演じるのは松岡茉優。元おはガールで、自他ともに認めるモー娘。マニア、『あまちゃん』ではアイドルグループGMTのリーダーを演じ、現在では大河ドラマ『真田丸』(NHK)にも出演する若手急上昇株だ。彼女は、そのキレた芝居で萌え絵札を盛大に蹴散らしてくれる。

 ゆるめのコメディ世界観を基本とする映画『ちはやふる』において、松岡の登場シーンだけは空気の温度が変わる。芝居のテンポが変わる。繊細にして怜悧、ぞっとする不敵な笑みを繰り出す松岡。天真爛漫で華やかな千早役・広瀬すずとは対照的な、低く落ち着いた声をもって、強引に「転調」を仕掛けてくるのだ。

 映画『ちはやふる』全体の演出トーンが、音割れした大音量の盆踊りソングだとすれば、松岡の登場シーンだけは、真冬のニューヨークで静かに奏でられるサックスの如し。憂いを帯びた音色が、人の心を軋ませる。ゴルゴ13よろしく、一撃必中のスナイパーなみの働きをするのが、松岡だ。日常系ゆる萌え世界に、ハードボイルドな殺し屋が土足で踏み込んだ感が凄まじい。痛快ではある。が、世界観が渋滞している感は否めない。

 とはいえ、さまざまな意味で「お子ちゃまランチ」な日本映画が多い中、本作の松岡に出会った健全な中学生男女の一部が舌の肥えた観客に育つ可能性には、うっすら期待したい気もする。 「お子ちゃまランチ」にカラスミが混入されていたら、それを食べた子供の何十人かに一人は、渋い酒飲みに育つかもしれない。若者の酒離れが嘆かれる当世においては、頼もしい「事故」であろう。たとえ話ばかりで恐縮だが、松岡にはキッズたちの舌を育てる、尖った珍味感がある。

 というわけで、松岡をもっと拝みたい筆者としては、若宮編のスピンオフ作品をお願いしたいところ。仕上げはもちろん、さいとうプロで。アホ毛も萌え袖もぱっつん前髪も一切いらないんで、ひとつ。
(文/稲田豊史)


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