【実写映画レビュー】まるで“音のない”音楽、3度の「おあずけ」の末に訪れる快感とは――?『スティーブ・ジョブズ』

1602_mac.jpg映画『スティーブ・ジョブズ』公式サイトより。

 カリスマ経営者にして、世界に名を轟かせるアップル社の創業者・故スティーブ・ジョブズ。そんな説明不要のスーパー著名人を扱った作品にしては、王道を外しまくった変化球――それが、映画『スティーブ・ジョブズ』(監督:ダニー・ボイル、主演:マイケル・ファスベンダー)である。

 本作は、まるで全三幕の舞台劇だ。わずかな回想シーンを除き、3つのイベント開始直前の舞台裏で、ジョブズが周囲の人間と交わした会話“だけ”で全編が構成されている。

 第一幕は1984年1月24日、初代マッキントッシュの発売イベント。第二幕は88年10月12日、アップル放逐後のジョブズが立ち上げたネクスト社のネクスト・キューブ発売ワールドプレミア。第三幕は98年5月6日、ジョブズがアップルに復帰後のiMac発売イベントである。

 しかも、肝心のイベントそのものは描かれていない。そう、ジョブズ信者が大好物の名言たっぷりな歴史的プレゼンテーションは、一言たりとも聞けないのだ。えらいこっちゃ。

 また、本作はジョブズの天才性ではなく、むしろ人格破綻者である彼のダークサイドに焦点を当てている。屈折し、孤独で、頑固で、駄々っ子で、心が弱く、思い込みの強いコドモオトナ。史上最強のコマッタちゃん。不遜で傲慢な男の不愉快きわまりないやりたい放題が、じめじめと描かれる。

 観客にわりかし高めのアップルリテラシーを求められる点も、要注意だ。冒頭の会話からマシンガンのように連射される、アップルゆかりの人名と固有名詞の嵐。ジョブズの相棒ウォズニアックと「マッキントッシュ」くらいしか知らない観客の頭は、大混乱必至。あまり優しくない脚本である。

「アップル」や「ジョブズ」という単語の知名度やメジャー感に反した、ゴリゴリの手加減なし仕様。入門者に優しいベスト盤というより、さながらライヴ盤かセルフ・トリビュート盤。作風を熟知したファンが、さらなる探求のためにたしなむ、いわば通好みのサイドメニューだ。寿司屋でいうなら、トロの握りというより卵焼き。蕎麦屋なら、もりそばではなく板わさ。押井守作品における『立喰師列伝』、宮崎駿作品における『On Your Mark』のような位置づけ、とでも言おうか。

スティーブズ 1 (ビッグコミックス)

スティーブズ 1 (ビッグコミックス)

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