「みなさんには僕が作る物語と同時に、僕自身の物語も楽しんで頂けたらと思っています!」 『CAT SHIT ONE』『風雲維新ダイショーグン』の笹原和也、20年の遍歴

 Animation Masterについては、2014年のロマのフ比嘉インタビュー(記事参照)でも触れているが、当時としては破格の安さで提供されていたソフトである。

 そして笹原組が誕生する。93年からソニー・ミュージックエンタテインメントが開催していた「Digital Entertainment Program(DEP)」の第3回でBEST AWARDを受賞した『STEEL HEART』の制作時であった。

1603_sasahara3.jpg「WAVY AWARDS 2015-2016」公式サイトより

笹原「DEPで受賞したのは95年ですけど、DEPに出してみようと思ったのは、アマチュアでちゃんとCGを使える人は(当時は)少ないだろうし、プロはそんな作業をする時間ないだろうから、これは勝てる可能性が高いだろうと、そういう計算がありました。当時は東映アニメーション研究所でコーチみたいなこともしてたんで、そこにいた学生さんと一緒に作りました。僕がちゃんとした賞をもらったのはDEPの最優秀賞だけですよ。WavyAwardも貰ったことになってるらしいですけど、実はもらってないんです(のちに正式に訂正される)。

『トイ・ストーリー』も東映アニメーションさんの試写で見せてもらって『何じゃこりゃ~!』って思いましたが、当時のCGアニメはレンダリング時間との戦いもあって、どれだけ長く作れるかってのがテーマでもありました。あとは再生機器ですね。AMIGAのPARに1枚1枚レンダリングした画像を取り込んで再生したり。今で言うLANケーブルなんてないですし、ケーブルでデータを移動させる手段を知らないからフロッピーディスクで移動したり。データの圧縮も知らないから1枚640×480で1メガくらいですか、フロッピーに1枚しか入らないのを延々と……。そんなんで20~30秒の作るくらいが限度ですね。プレビューもワイヤーフレームですし。

 97年に笹原組を会社化しましたが、スタッフのみなさんとの契約は今で言う業務委託契約でしたから定給でもないですし、組織というよりもサークルみたいな感じでした。僕自身の調子としては、良い年悪い年の波が結構あって、良いと調子に乗って失敗して調子が悪くなる、というのを2、3回繰り返してた気がします(笑)。CG Carnivalもスター気取りでしたし。今考えると恥ずかしすぎますね! 由水(桂)くんのCGは今見ても『上手いなぁ』って思うんですよ。彼はセンスがいい上に技術的にも上手いので、歯ぎしりして見てました」

 当時は「伊達杏子」「テライユキ」などを筆頭に、フォトリアルで表現するバーチャルビューティーやCG美少女が花盛りの時期でもあった(ゲーム『リッジレーサー』シリーズの「永瀬麗子」は由水が手がけた)。テレビ番組も「D’s Garage 21」(テレビ朝日)、「電画なっ!」(TBS)、「デジタル・スタジアム」(NHK)など、各局が才能発掘番組を放送していた。

 笹原監督はフジテレビのバーチャルビューティー企画で5、6分くらいの映像を作る一方、大型案件としては『バイオハザード CODE:Veronica』のゲームムービーを制作していた。

Cat Shit One VOL.1 (Web comics)

Cat Shit One VOL.1 (Web comics)

原作コミックの作者は小林源文閣下

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