元・夢追い人が綴る“俳優奮闘雑記” 第8回

唐沢寿明にならい勢いで丸坊主にして臨んだオーディション……その結末とは?

 ……顔面蒼白と言いますか、頭も軽く蒼白ですが、私ふぁ「あの……今、丸坊主にしたところなんですけど?」と答えると、社長は「あはは、それいいかもしれない! 監督に伝えとくわ」と笑います。私は改めて鏡の前に立ち、自分の初めてのまっさらな頭を見て「こ、これはもう戻れないぞ……」と覚悟を決めたのです。

 それから私はオーディションまでの間、役作りをしようと思い、曹洞宗について調べました。曹洞宗の本山は永平寺にあり、さすがに入門して修行をする時間はない。そこで、都内でどうにかお話を聞ける所はないかと調べたところ、ある大学の禅学科で曹洞宗のことを教えているクラスを見つけたのです。

 私はアポなしで伺い、受付の人に「あの……私、俳優をやってまして、曹洞宗について知りたいのですが、お話を聞かせてもらえませんか?」とお願いしました。当然と言えば当然なのですが、かなり怪しまれたというか、ためらいながら奥の部屋に案内されました。待つこと数分、とても姿勢のいい男性が現れ、「えっと? ……どういう用件ですか?」と顔をのぞき込んできます。私はその日、その大学にまでたどり着いた経緯をすべて話すと、「分かりました、そういうことならご協力致しますよ」と、歴史の事や座禅の仕方から顔を洗う手順まで、こと細かく教えて頂きました。

 まあ、その後、家に帰って暑苦しい夏の四畳半のアパートで座禅をしていても、なんの悟りも開けなかったことを今でも鮮明に覚えていますが……。

 そうして迎えたオーディションの日。もちろん、坊主頭は私だけでした。審査員席には監督のほか、おそらく監修の人であろう“坊主の人”もいました。私の順番が来ると、やはり監督は「あれ? 君、坊主だったっけ?」と聞きます。「いや、この日の為に坊主にしました」と答えると、監督は笑っていました。

 さらに、「座禅できる?」と言うので、大学で教えていただいた見事な座禅を披露しました。これはもう、心の中でガッツポーズでしたね。

 後日、事務所の社長から「役は君に決まった」と連絡があり、無事に「春は訪れ」ました。ただ、このエピソードは受かったからこそちょっとした美談として語れるわけですが……もしもあの時落ちていたらと思うと、ただただ、頭に吹き荒れた風の冷たさに、背筋がちょこっとゾクゾクするのです。

●SHINOBU
1983年、兵庫県生まれ。信州大学卒。「劇団山脈」出身の元俳優。同劇団では、脚本、演出も担当した。震災をテーマにした「関西少年」が話題となり、地元のテレビや新聞に取り上げられる。出演した主な舞台に、『水の話』(演出:中嶋しゅう)『血の婚礼』(演出:門井均)「黄金の刻」(演出:なかにし礼)「アセンション・ミロク」(演出:上杉祥三)など。

唐沢寿明にならい勢いで丸坊主にして臨んだオーディション……その結末とは?のページです。おたぽるは、人気連載演劇連載の最新ニュースをファンにいち早くお届けします。オタクに“なるほど”面白いおたぽる!

- -

人気記事ランキング

XLサイズ……
XLサイズって想像できないだけど!!