“生涯ドルヲタ”ライターの「アイドル深夜徘徊」vol.31

【書評】“大勢の中の一人”が生きる濃密な人生たち――大木亜希子著『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』

 この本で取り上げられた8人の女性は、アイドルとして大成功したというわけではない。そこにまた面白さがある。共通しているのは、一度はアイドルに憧れ、その夢は実現させたということだ。思えば、人生なんて、アイドルに限らずその繰り返しだ。

 受験勉強中は、合格を夢に見て努力をする。卒業が近づけば希望の職業に就くことを思う。そこで、さまざまな苦労に直面し、その中でも希望を見つけ進んでいくのだ。アイドルというのは、普通の人が何十年もかけて経験することを、数年という短期間で経験してしまうものなのかもしれない。

 例えば、この本に出てくる元SKE48の藤本美月は、現在保育士になっている。2年余りのアイドル経験は、楽しい事ばかりだったという。しかし、彼女の中には当時もう一つ「保育士になりたい」という夢が息づいていたのだ。葛藤の末、彼女はSKE48を卒業し、保育士になった。卒業後に知り合った男性と結婚もし、取材時は出産間近だったという。

 また、AKB48カフェっ娘として働きながらアイドルを目指していた小栗絵里加は、アルバイトをする中で知った、バーテンダーという職業に新たな夢を見つけ、本格的に仕事にすることになった。彼女たちに共通しているのは、“夢を見つける才能”なのだ。そんなたくましさと頼もしさを、この本を読むことによって感じることができた。

 今でも、テレビでは現役のAKB48メンバーが、バラエティ企画の中でどう目立ち、どう自分を売り出そうかと一生懸命になっている。そんな姿を見て、応援したいという気持ちになる人も多いだろう。その裏での悩みや葛藤までファンが考える必要はない。アイドルファンが、楽しむために必要なのは、「見なくてもよいものを見ないようにする力」なのだ。

 その点、今回の本は、そのような「ファンに見せなくてもいい部分」は上手にカバーしてある。もちろん、現役当時の苦労話は語られるし、卒業後にできた恋人の話や、結婚して妊娠中の人の話を心穏やかに聞くことができない人もいるかもしれない。しかし、その点については、素直に受け入れ、祝福してあげるべきことではないかと思う。

 実際、取材するにあたって候補に上がった人は、8人以外にもたくさんいたのではないだろうか。でも、例えばアイドルとして大成功して、今でもテレビに出まくっているようなメンバーの話を聞いたのでは、今回の本に感じられるような“身近さ”は出てこなかっただろう。そして、逆に「まだ新しい仕事を見つける道半ば」という理由で断った人もいるかもしれない。

 もし私が、かつて推していたアイドルに会ったとしたら、最終的に聞きたいことはひとつだけだ。

「あなたは今、幸せですか?」

 著者のインタビューの根源には、私と同じような感覚が見え隠れする。

 幸せであって欲しい、自分がそうであったように。48グループに参加していたアイドルが、あのときの経験を活かして、今幸せであって欲しい、著者はそう切望しているように思う。それは取りも直さず、取材している自分自身が幸せであるかを確かめることにほかならないから。

 本の最後、著者は、この本を書くことで、アイドル卒業後ずっと抱えていた「恨み」を成仏させられた、と書いている。アイドル卒業後に抱えていた恨みとは一体何だったのだろう?

 成功していった人への嫉妬、アイドルをしていた時間は無駄ではなかったのかという猜疑心、そして、アイドルを辞めてからの生活についての不安。そんなものが混ざり合っていたのかもしれない。

 そして「成仏させられた」というのは、こうして一人ひとりの話を聞くことで、その人を「元アイドル」という目ではなく、「一人の女性」として見つめ、言葉を交わしたことで、各人がどんな思いをして、今の職業にたどり着いたかを知り、共感のような、安心したような感覚を抱いたということではないだろうか。

 事実、私がこの本を読み終えて最初に感じたのは、「みんなよかったな」という安堵の気持ちだった。もちろん、この本に出ていない人で苦しい状況に置かれている人もいるかもしれない。しかし、少なくともこの本で紹介している人たちは、みんな自分の道を見つけていて、幸せそうだ。

 この本を読む前は、大人数グループのメンバーを、「AKBの子」や「乃木坂の子」というように、ひとくくりに見てしまいがちだった。でも、その中の一人ひとりには違った名前があり、顔があり、人生があり、未来がある。そんなことを気づかせてくれる意義のある一冊だった。

 この本を読むと、アイドルを応援する時、今までよりも優しさを持って接することができるようになるかもしれない。

 多くのアイドルファン、そして現役のアイドルにも読んで欲しいと思う。

(プレヤード)

『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』大木亜希子著 (宝島社)\1,512

 

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