ミリオタライター・二木知宏の「武器で見る映画」第3回

“軍縮っていうのは、実は軍拡”戦時下に生きる呉の人々の息遣い『この世界の片隅に』

dokyu1124.jpg戦艦「ドレッドノート」photo by National Museum of the U.S. Navy from flickr.

 軍縮条約は歴史の授業でも出てくるんですが、“軍縮っていうのは実は軍拡”だってことはなかなか教えてくれません。全くの反対の意味なんで、混乱するかもしれませんが、本当にそうなんです。例えば、“軍艦は1,000t以上の船はもう製造してはいけません”条約を締結すると、999tの船を製造しまくるんです。もう大国たちは1,000t以上の船がたくさんあるから、いいんです。んで、小国が1,000t以上の船を作っていると知れば、大国みんなで叩くんです! 昔から現代までこれは、変わりません。

 とはいえ、「戦艦なんて、私たちに関係ないでしょ?」そう思っている皆様、戦艦から生まれて、今も普通に使っている言葉なんてのもあるんです。例えば、“ド級!”“超ド級”とか! これギャル語じゃないですよ! イギリスの戦艦「ドレッドノート」、この大きさをド級(弩級)、さらにそれを超える大きさを超ド級と言っているのです! ちなみに英語でも、Dreadnoughtとは「勇敢な」や「恐れ知らず」という意味だったのに、戦艦ドレッドノートが誕生して以降は、「(それまでよりも)圧倒的に大きい」という意味が加えられたのです! いかに戦艦が兵器史上において、大きな存在異議を持ったかがわかると思います。

 映画の話に戻りましょう。すずの幼なじみの水原晢が乗船しているのが「青葉」です。青葉は重巡洋艦です。つまり大和より小さいサイズだとわかるわけです。1922年、ワシントン海軍軍縮条約で基準排水量1万t以下、主砲は5インチ以上8インチ以下と定められました。排水量ってのは、水に浮かべたとき溢れる水量です。風呂とかだと想像しやすいですよね。それが1万t以下ってことです。うーん、大きいですね。で主砲、一番大きい大砲ですね。それが12.7cm以上20.3cm以下ということです。その制約の中、最強を目指して作られた艦が青葉です。排水量9,000t、主砲20cm砲、全長185m、乗組員は650名程度です。

 比較対象として、戦艦大和を出しましょう。大和は映画にも出てきます。見た目ほぼ一緒の同型艦武蔵も出てきます。余談ですが、僕が最初に作ったプラモデルは戦艦武蔵です。大和、排水量6万4,000t、主砲はご存知46cm砲、全長263m、乗員は3,000名程度です。デカイですね。青葉が子どもみたいに感じます。まさに大艦巨砲主義の象徴です。そんな青葉の乗員が水原晢です。青葉の戦歴を考えると、多くの戦場を巡ってきたのでしょう。

 戦艦の名前である「大和」また「武蔵」、これらは日本の旧国名です。対して巡洋艦の「青葉」これは京都の青葉山が由来です。軍艦の名前の由来はいろいろとあります。アメリカは第二次大戦の頃まで、戦艦は州名、「ワシントン」「オハイオ」など。巡洋艦は都市名で、「インディアナポリス」など。空母は古い戦場名などです。そして、日本は戦艦は旧国名、重巡洋艦は山の名前、軽巡洋艦は河川の名前、駆逐艦は天気や気候の名前です。ちなみにこれは海軍の命名の仕方です。陸軍はまた別です。日本の海軍の軍艦の名前が一番センスあるな! って僕は思います。「大和」に「古鷹」「天龍」おまけに「雪風」。当時の陸軍や今の海上保安庁にも見習ってほしい! そう切に願います!

 こういった兵器の知識をもってこの映画を見ると、新しい発見があるかもしれません。例えば、すずの夫、北条周作とすずの幼なじみ、水原晢の2人もそうです。2人とも海軍に籍を置いているのですが、周作は船が好きですが、呉鎮守府の陸勤めです。水原は山の名を冠した船で海へ出ている。

 あと、すごく淡く、柔らかい、細い線で描かれる風景や登場人物に対して、米爆撃機B29の落とす焼夷弾や、その機体そのものは直線的な太い線で描かれています。「すぐ目の前にやってくるかと思うた戦争じゃけど、今はどこでどうしとるんじゃろ」すずのこの言葉に表されているように、同じ世界の中で、貧しくても必死で生きる人々と、いかに殺すかだけで生まれた兵器は、同じ世界に存在しながら、まったく異なる存在として扱われています。

 でも、遠くから眺める大和や武蔵や長門や青葉などの軍艦は兵器ですが、すずにはありふれた風景でもあったわけです。兵器の描かれ方で、戦争のある日常を生きる人々の息遣いを感じることができるわけです。

 だから、『この世界の片隅に』を見たあとでも、武器って本当にいいもんですね~。
(文=二木知宏[スクラップロゴス])

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