【秘録的中編ルポルタージュ】

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」

 知るかバカうどんの心の内のモヤモヤしたものを引き出したような中沢の言葉がきっかけとなって、私は聞くべきかどうか逡巡していた質問をぶつけてみる決意が固まった。

「付き合った男をボコって歯を折ったというのは本当のこと?」

「いえ、ボコられたんです、私が。あのね、付き合った人には全員ボコられているんです。これまで付き合った相手は、高校の同級生、バイト先の先輩、ふたばで出会った人。それから、またバイト先の1コ上の人。割とフツーなんです。けどね、よく友人たちに、《アンタは、しばかれて当然や》といわれるんです。あの、女の人と付き合っていると、ムカついてシバきたいと思ったことはないですか?」

「いえ、ないってことはないけど。むしろ自分がしばかれたい性癖なので……」

「私、マンガのネタが欲しいから夜中にピューっと出歩いたりするんですよね。彼氏なら心配するじゃないですか。でも、それがウザいんです。私が行きたくて出歩くんだから、ほっといてほしいんです。でも……帰ってきたら“お帰り”って出迎えてほしいんです。メッチャ面倒くさいですよね。だから不幸レベルが高い人なら受け入れてくれるかと思ったんですが、ダメでした。その逆もやっぱり……自分、サゲマンだと思うんですよね。改善しなきゃいけないけれど、マンガを描いていると無理だろうな」

 知るかバカうどんは、時に作品の舞台としてイメージした場所を歩いたりもする。それどころか、作品のモデルにした人物が住む住宅の間取り図を見たりすることもあるという。さらには、自身が幼い時に性的なイタズラをされた公園を再び訪れることも……。

 けれども、そうした努力が常に読者の評価に結びつくとは限らない。そうであれば、なおさら一人の作り手として、作品に寄せられる読者の反応は気になるのではないか。それを問うたところ、彼女は「気になる」と答えた。けれども、その気になりかたは、おおよそ想像されるものとはまったく違った。読者の反応は「すべてが嬉しい」と彼女はいったのだ。

「全部嬉しいから、スクショとったり、いいねしています。反応があることが嬉しい。市ねと書かれても嬉しいんです。Twitterではあんまりないけど、2ちゃんねるでは、死ねと書かれることもあるんです。それも、魚拓して時々見直してます」

 単に初心を忘れないようにしているだけではない。そうした読者の反応は知るかバカうどんにとっての喜びであると同時に戒めでもある。一時、東方ジャンルの同人誌では、そこそこの人気を得て天狗になっていた時期もあるという。それは、彼女にとっての恥ずべき過去だ。

「天狗になって、私生活も乱れていた時期があります。そんな鼻すぐに折られちゃったんですけど、折られた後に、博麗神社例大祭(註:『東方project』をテーマとした同人誌即売会)の原稿が残っちゃってたんです。描かなきゃいけないのに、イメージもわかないから、市販の薬を取り寄せてオーバードーズしちゃったんです。死にかけて、死ぬと思いながら、遺書を書いてベッドの上でヨガをしていました」

 その苦しみの中で生まれたのが『ニコ生はたたん』というタイトルの同人誌であった。姫海棠はたてに仮託して描かれるのは、ニコ生の狭い世界で生主として人気者になることで満足を得ようとしてもがく少女の姿である。批判的なコメントに傷つき、涙ぐみながらリストカットを繰り返し、友人である射命丸文に褒めてもらおう、感謝されたいともがく。これをオーバードーズしている中で出来上がった作品とするならば、その時に知るかバカうどんが抱えていた毒がすべて流れだし、インクの中に溶け込んでいるのだと思う。この経験の先に、知るかバカうどんは、マンガ家としての自己を確立したのだろう。今の彼女はいうのだ。

「寝ながらプロットを立てている時は、イメージが広がっていって気持ちいいです。ネームは楽しいけど、しんどいです。コマの枠線を引いている時は楽しいですね」

 その純粋な告白に、私は気恥ずかしさを覚え、この場を立ち去りたくなった。作品をつくりあげることの熱意という点において「新人マンガ家」だと思っていた知るかバカうどんは、私の何段、何十段も上にいることが明らかだったからだ。その気持ちは、最後の質問をした時に、さらに大きくなった。

「Twitterなどでネタ募集をしたりしているけれど、描きたい題材はあるのかな。コイツをボコボコにしたいなと思うヤツとか」

「えみつん……新田恵海が激アツですね。けど、何をためらっているかというと、ライブの機材を描かないといけないのがめんどくさいから。見開きでやりたいというのはあるんですけど、めんどくさそうやなあと。それでも、描きたいのは、ライブが終わった後で“やっぱあれ、キモかったわ~”と、えみつんがいってるのは絶対描きたいです」

 何度目かわからない衝撃を感じた。単に「このムカつくヤツを作品の中でボコってみたい」と漠然と考えているのではない。知るかバカうどんは、それをどのように「マンガ作品」として制作していくのか。アイドル声優でありながらAV出演疑惑で注目を集めている新田恵海を単にボコりたいだけではない。それをモチーフにして描くならば、ライブシーンをきちんと描かなければ、作品としては完成しないことまで、考え尽くしているのだ。ここに、彼女のマンガ家たるゆえんがあった。

 数々の「衝撃」に「圧倒」されて、私のほうが限界だった。時計の針を見ると、まだ1時間を過ぎたくらいだった。もっと聞きたいことがあった。でも、なぜか、このまま座っていることはできないような気分になった。

 取材を通して、知るかバカうどんは、何も隠すことなく話してくれた。そのことは有り難かったし、確かに人の注目をひきそうなエピソードばかりだった。けれども、取材のあとのやり遂げたという感覚はなく、なにか奇妙な興奮と居心地の悪さがあった。

 なぜ、そんな感覚を得てしまったのか。それは数日を過ぎてから次第にわかってきた。

 いつもの定型のようなインタビュー記事を仕上げたのは、取材の翌々日であった。仮にも女性のプライベートな部分にまで踏み込んでいることもあり、いったん原稿に目を通してもらうことは事前の了解事項だった。

 出来上がった原稿を森田にメールで送信したところ、すぐに電話がかかってきた。

「読んだけどさ、ぜんぜん面白くないよ」

 いきなり図星をつかれた。質問と、それに対する回答で構成される、ごく当たり前のインタビュー記事。

──ですか?

○○:ですね(笑)

 知るかバカうどんの発言はどれも面白かった。しかも、それはただ話した内容が興味深いというだけのものではなかった。そのことは、私にもわかっていた。だから、そのことと向き合う原稿。すなわち取材で得た情報を私の主観によって再構成するルポを書くことを恐れて、ありきたりなインタビュー記事に逃げてしまったのだ。

「最初に読んだ後に、夜中に電話してきたじゃない。あの昼間たかしが動揺してしまうような作品だったんだよ『ボコボコりんっ!』は。それに、取材であんなに率直に答えてくれた。これまで社会の底辺や下層を見てきた昼間たかしなら、その驚きを言葉で表現できるんじゃないか。まったく知らない人が、大変だ、知るかバカうどんを読まなきゃって思うくらいのさあ」

 昨年、森田は私の著書『コミックばかり読まないで』を読んだ後に「昼間たかしの顔が浮かんでくる本。だが、隙がなさ過ぎで批判しにくい」と彼にしては最大限の賛辞を送ってきた。森田が私に抱いた不満は「それほどの作品を手がけておいて、なぜ誰でも書けるような原稿を送りつけてくるのか」という一言に尽きた。

「その通りだ。少し時間をくれ」

 そういって電話を切った後、森田からメールが送られてきた。

《送ってくれた草稿、言いたい放題いってごめんなさい…。》

 と書き起こし、あのインタビューについて様々な視点が記されていた。その最後には、次の文章が記されていた。

《昼間たかしなら、あそこから何かを掴めるかもしれない、と思う。》

君に愛されて痛かった

君に愛されて痛かった

近年まれに見る傑作では??

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」のページです。おたぽるは、漫画インタビューエロマンガマンガ&ラノベの最新ニュースをファンにいち早くお届けします。オタクに“なるほど”面白いおたぽる!

- -

人気記事ランキング

PICK UP ギャラリー
写真new
写真
写真
写真
写真
写真

ギャラリー一覧

XLサイズ……
XLサイズって想像できないだけど!!