【秘録的中編ルポルタージュ】

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」

 電話を切ってからも、何かを叫びたくなるような気持ちを抑えられなかった。ちょうど、仕事仲間とメールのやり取りをしなくてはならなかった。その中の一人に身体障害者の仲間がいたので、思わずメールに「こんな差別的な……」と書いてしまった。後日、障害をひとくくりにして、自分のモヤモヤを晴らそうとしたメールの文章を指摘されて、大いに反省した。

 さらに夜が更けてから「表現の自由」の問題を取材する現場で顔を合わせる記者と、Facebookメッセージで、この作品のことを話し合った。冷静なこの男は、知るかバカうどんのTwitterをじっくりと読み込んで、触れてはならないタイプの作家なのではないかと話した。同時に作者自身が何かを抱えた人物なのではないかと。

 その意見に同意して、この『ボコボコりんっ!』に触れてはならないという思いを固めた。それでも、なんとかパラパラと最後まで読んでみた。はたと手が止まったのは、すべてが終わった後書きの1ページだった。

 そこには、感謝の言葉と共に「去年の今頃はパチンコ屋さんで働いていましたが今は漫画を描いています」と作者の直筆が刻まれていた。

 いわゆるオタク向けの書店に並ぶ、オタク向けのエロマンガの作者と、パチンコ屋とが結びつかなかった。その奇妙な組み合わせが、この1冊を読み終えて理解しなければならないという、得体の知れない使命感を吹き込んだ。

 なんとか、もう一度単行本を頭から最後まで読んでみた。それでも、収録された8つの物語をどう理解し納得すればよいのか、わからなかった。

 8つの物語に登場する女性たちに通底しているのは、ほぼ自業自得によって、タイトルの通りボッコボコに傷つけられて凌辱され、人生を破滅させていくことである。

「おさんぽJK♥いちごちゃん」では、キモヲタに貢がせまくるJKが、文字通りの自業自得で破滅していく。「JC☆ボコボコりんっ!」では、無軌道・無教養な犯罪を重ねた報復としてJCがホームレスに輪姦され尽くす。連作「はぴはぴ♥ハピネス」「あん♥あん あんはっぴぃ」では、他人に対する見栄だけで生きてきた女が麻薬によって転落し、その因果が子に報う顛末を描く。いずれの作品でも背景に描かれる世界は極めて現実的だ。単に泥臭いのではない。いずれの作品でも、描かれている世界は、誰もが見ないふりをしたがる、身近にあるにある社会の闇の部分。できれば関わり合いになりたくない、雑然とした下町の場末感に満ちていたのだ。

 架空の世界を描くエロマンガにおいても「リアル」という言葉はよく使われる。ここでいう「リアル」とは、写実的であるといった意味ではない。性的な興奮を喚起する女体やシチュエーションが描けていることを「リアル」と呼ぶのだ。けれども、知るかバカうどんが描くのは、それとは違う、本当のリアル。それも、誰もが目を背けて、見えないもの、なかったものとして蓋をしてしまいたくなるリアル。実用、すなわち主に男性が自慰の補助に使うことを目的としているはずのエロマンガであることを放棄したかのような、見たくない「現実」がそこにはあった。

 これまでのグロを描いた作品には、どこか性的興奮をそそる要素があった。破壊される人体にすら妖艶さが込められていた。けれども、知るかバカうどんには、そのようなものはなかった。

 なぜそのような、見たくない、知らなければよかった世界へと読者を投げ込んで傷つけるのか。あえて、そのようなものを描く意味、作者の意図がまったく読み取れなかった。咀嚼することを諦めた私は『ボコボコりんっ!』を、うち捨てるように本棚に投げ込んだ。

 そのまま本棚を整理する時期が来るまで、二度と触ることはないと思っていた。

 毎月、財布の限界まで取材費と新聞図書費に投じている。だから、本棚は、いつも本が崩れ落ちるのを待つばかりの状態である。本棚からあふれた本が作業机に積もり、幾度か崩れるようになると、手当たり次第に段ボールに詰めてブックオフか駿河屋あたりに送り、新たな取材費と新聞図書費に還元する。手元に残すのは、どうしても置いておかなければならない、資料価値を感じる僅かなものだけだ。きっと『ボコボコりんっ!』は読み返すこともないまま、数カ月の後には、本棚から姿を消すだろうと思っていた。

 だが『ボコボコりんっ!』は、不思議な運命を引き寄せた。

 そろそろ夏の気配を感じ始めた6月下旬の木曜日。私は新宿のゴールデン街にあるロックバー「WHO」の硬い椅子に座っていた。この店で週に二度カウンターに立っている、井戸隆明を尋ねたのである。井戸は『オトコノコ時代』という「女装美少年」を専門に扱う雑誌の編集長である。以前は、出版社の社員として同種の雑誌を制作していたが、思うところがあって独立し、自分の会社をつくり雑誌を立ち上げて情熱を注いでいる。

「女装」という特殊なジャンルに情熱を傾ける彼は、「女装姿を撮影してもらいたい」「女の子になりたい」といった日常生活では解消することのできない欲求を抱えた市井の人々に出会い、性志向に拘わらず目を見張るよう雑誌をつくりあげている。昨年、井戸は私の著書『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)の出版記念イベントに顔をみせ、その後も繰り返し、Twitterなどで私の仕事を賞讃してくれていた。そのお礼をしなくてはならないと思い、ふと店に足を運んだのは今年の春になってからであった。せめてものお礼と思い、焼酎のボトルを入れてみたのだが、いかんせん私は下戸である。そこで、ちょくちょく誰かを誘っては、店を訪れて中身を減らしてもらうことにしていた。

 その夜も、同行者が私の名前と40番の数字が記された二階堂のボトルを減らしていく様子を眺めていた。その日、店の客は少なく、隅に置かれたテレビの画面からは、なぜか繰り返し映画『(秘)色情めす市場』の映像だけが流れていた。何度目かの「終」の文字が出た頃、井戸は、その週に撮影した女装者の話を始めた。

 この時代にインターネットも使っていないという、その女装者は、偶然書店で見つけた『オトコノコ時代』を読み、自分の女装姿を撮影してもらいたいと、出版社に切実な手紙を寄越してきたのだという。その手紙に興味を惹かれた井戸は、持病のため上京できないという女装者のために、メイクアップアーティストを連れて、彼の住む街を尋ねたのだという。スマートフォンに保存した、撮影した写真を見せてくれた。それは、どこをどうみても「女装したオッサン」そのものであった。誌面を飾っている「女装美少年」とはほど遠い、読者の需要などまったくなさそうなものである。けれども、井戸は持病を抱えながら、地方の温泉町で働き、たまたま書店で見つけた『オトコノコ時代』を読み、すがる思いで手紙を寄越した女装者の存在を取り上げる。そんな、読者が誰一人として喜ぶことがなさそうに見える記事を掲載することにこそ、雑誌としての意義があるのだと、井戸は繰り返し熱く語った。

 井戸は、極めて特殊なジャンルの雑誌を制作しながら、それを通して世界を見通そうとしている。それがわかるのは、私と彼とが同じ岡山県出身だからである。私は県庁所在地で生まれ育ったが、井戸は少し離れた海沿いの街の出身であった。かつて、四国への玄関口として栄えた海沿いの街は、瀬戸大橋の開通と共に、すっかり寂れていた。数年前にその街を訪れる機会があったが、かつて無数にあった鉄道連絡船のための線路も施設もなくなり、駅には人影も少なかった。連絡船が到着するたびに、汽車の席を確保しようと桟橋からホームへと我先にと走る人々で、始終混雑していた光景の名残はどこにもなかった。

 街を支える産業だった造船所も奮ってはおらず、商店街はもとより大型の量販店にも人は少なく、ただただ、うらぶれた風景が寂しさだけを募らせていた。

 その衰退の過程を見ながら育ったであろう井戸は、前出の特殊エロマンガ誌『フラミンゴ』を愛読し、同時に上京したら学生運動をやろうと考えていたのだという。私は上京してから世界革命を夢見る人生を進んでいったわけだが、井戸は入学した大学で学生運動が弾圧されてすっかり消滅していたこともあり、もうひとつの世界を選んだ。

 共に人生が紆余曲折を経ても、世の中に何かしたいという思いが根底にあることは、わざわざ話さなくてもわかっていることなのだ。

 よもやま話を続けるうちに、話題はエロマンガの話になった。幾人かのマンガ家の噂話をしている中で、知るかバカうどんの名前があがった。私は「あれは、ちょっとね」とかなんとか言って踏み込むことを避けようとした。ところが、井戸はそれを許さなかった。あるマンガ家から聞いた噂だといって、こう言った。

「知るかバカうどん先生って、彼氏を殴って歯を全部折ったらしいですよ」

 どう受け答えしたか、記憶が曖昧だが、確か「うわ、あのマンガはガチなんだ」と、いったような気がする。でも、それは笑い話には終わらなかった。井戸も飲み屋の客相手の話のネタに、そんな噂話を持ち出したのではなかった。それは、瞬時に理解できた。井戸は編集者として、私に対して言いたかったのだ。当然、読んでいるんだろう。読んでいるのだったら、なぜ取材しないのか。インターネットでも話題になり、秋葉原の専門書店では売上ランキングの上位に名を連ねている。誰もが、作者が何者かに興味を持っているに違いない。

《お前自身も興味を持っていないはずがないのに、なぜ取材をしようとしないのか》

 何を語らずとも、そんな言葉を投げつけられていることに気づいた。俺は、ここまで晒したのに、ルポライターとして旗を立てているお前が、なぜ動こうとしないのか。井戸はカウンターの中にいる人らしく、客同士を紹介することもあったが、私のことを決して「ライター」とは紹介せず、常に「ルポライター」として紹介していた。

 気持ちはすぐに固まった。時計を見ると既に日が変わろうとしていた。

君に愛されて痛かった

君に愛されて痛かった

近年まれに見る傑作では??

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