【秘録的中編ルポルタージュ】

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」

「そのコのことは嫌いじゃなかったけど、いつかボコられるんじゃないかなとは思ってました。その前にも、働いているコがカラオケボックスで暴行される事件もあったんで、コイツも暴行されるんやろうなと思ってました」

 今、この最中にも、どんな人生を歩んでいるかわからない、かつての少女がどこかで、暴行されているかもしれない。キャバ嬢にでもなって、相変わらず男に貢がせまくったあげくに、怒りに我を忘れた男たちに暴行されている。そんな姿が、知るかバカうどんの脳内で、マンガのコマに割られて、今まさにペン入れをされている。私の前に対面している美人は、きっと、今そのようなことを考えているに違いないと思った。私もまた、かつての少女が酷い目に遭う姿を想像していた。腹の奥底から、黒く染まった劣情がわき上がり止まらなかった。

「そうした体験が、創作に反映されているわけなんだね」

「だいたい、ホンマの話しか書いていないんですけど……」

 この一言で、知るかバカうどんの語りは、さらに過去へと遡っていった。

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」の画像3ヒロインである、おさんぽJKのムナクソの悪さは多くのページを割いて丁寧に説明される(『ボコボコりんっ!』知るかバカうどん「おさんぽJK♥いちごちゃん」より)

 彼女が生まれ育ったのは、大阪のある中規模都市。そこは、作業着のロゴにすがる工場労働者。首輪のかわりのネクタイにプライドを持ち、大阪市へと通勤する労働者。そして、先祖伝来の古くからの田畑を耕す農民という雑多な風景が混在する土地である。工場の音、疲れた靴の音、変化のない泥まみれの音。水と油とが混じり合い、刹那の快楽に明日への希望を見て、ヤケにふかしたタバコの煙の重なる街。そんな土地に、知るかバカうどんの人生はあった。

「住所は6回変わっていて……引越は5回していて、名字は3個あるんですよ」

 油と汗と泥の情念が混在する都市の中で、知るかバカうどんの育った家庭は、少し変わった存在だった。

「父親は、もともとは社長をやっていて、バブルの時期は羽振りがよかったんです。バブルが弾けてからも、しばらくは耐えていたんですけど、自分が5歳くらいの時に倒産しちゃった。それまで、マンションに住んではいたんですけど、外面だけでお金は回っていなかったんです。母親は朝は父の会社で仕事をして、夜は近所のモスバーガーで働いていて、どうにか家計を支えてました。父親は仕事ばっかりで、家に帰ってけえへんので、ずっと親戚のおばちゃんが世話をしてくれてたんです」

 バブル景気の後の不況に必死に耐えていた一家。しかし、会社があえなく倒産したことで、不穏な家庭はさらなる奈落へと沈んでいった。

「倒産してから、父親がアル中になって、パソコンとか椅子とか投げるようになったんです。母親がずっと耐えていたというか……頭が悪いから引かないんですよね。ハイハイいうことを聞いて、手のひらで踊らしておけばええのに。ギャンギャン、いわんでもええことをいうから、喧嘩になって殴り合いばかり。それで、自分が小5の時に離婚して、おばあちゃんの家にいったんです」

 少なくとも5年余りは、両親の諍いを見続けていたのだろう。知るかバカうどんも、その忌まわしい光景の中で、闇に染まっていた。

「その頃は、自分も病んでいたからカッターナイフをポケットに入れて、ずっとウロウロしてました。殺されるかもしれないと思っていました。みんな敵に見えていました……まあ、リアルに小学校でカッターナイフを持ったヤツに追っかけ回されたことはあったんですけど。で、なんやろ2年後に元住んでいたところに戻って、その次の時には復縁して、また家族ごっこをしようねってなった」

「それは、お父さんのアル中が治ったから?」

「治ってないです」

「なら、お母さんがDV被害者にありがちな、依存体質だった?」

「いえ、私がおばあちゃんの家がイヤだったんです。なんでかといえば、父親が当時からパソコンがすごいできる人で、家の中には何台もパソコンがあって、インターネットが普及する前からHP製作とかレンタルサーバーを始めるくらい。倒産してからそれでお金を稼いでいた。その時期に自分もパソコンにハマっていたんですけど、おばあちゃんの家だったら、インターネットの1カ月の通信料だけで6万くらいするから、父親の家にいってせえといわれてた。それで、パソコンしにいっていたら、父親は帰ってきてほしいからって、家でめっちゃ優しくしてくれる。あーこんな家に戻ってこれるんやーって、戻ってきたら、結局同じことの繰り返しで、ボッコボコ……」

「お父さんも浮き沈みが激しい人生のようだね」

「こう、落ちて上がったけど……。家にお金を入れなかったと母親はいうんですけど、本当のところはわかんないです。とにかく、友達が一人もいない。いつも、家で酒飲みながら麻雀して、近所の風呂屋にいって、焼き鳥食べて帰ってくる人生。その間も、オバハンは夜通し働いてて……」

 一度だけ、母親を指す言葉が「オバハン」に変わった。そこに、知るかバカうどんの両親に対する感情が垣間見えた。なんで、初対面の相手である私に、そこまで見せるのだろうか。見てはいけないものを見てしまった気がした。そのようなものを受け止める準備はしていなかったからだ。『おたぽる』という掲載媒体の性質から外れてしまいそうな言葉を、どう処理すればよいのか考えた。製作サイドや事務所やらに尻尾を振り、いかに御用に励むかが当たり前のオタク向けメディアの中にあって『おたぽる』は、どんなものでも許容してくれる唯一の媒体である。とはいえ、こんなあまりにも生々しい言葉を、雑誌とは違い誰もがアクセスできるインターネットに晒してもよいのか、恐ろしくなった。私自身が見えない枷を外すべきか逡巡していたのだ。

初単行本『ボコボコりんっ!』女性マンガ家・知るかバカうどんの衝撃と圧倒「私、つきあった男には必ずボコられるんです」の画像5連作「はぴはぴハピネス」「あんあん あんはっぴぃ」が見せるのは不幸の遺伝という、誰もが見えないことにしたがる現実である(『ボコボコりんっ!』知るかバカうどん)

「よく今みたいな形になったよね。そこからヤンキーになったりすることはあっても、マンガ家になることはなさそうだよね?」

「そういう時期もあったんですけど。その時期……17歳の時に、マンガ家の藤崎ひかりさんに出会ったんです。ふたばのお絵かき掲示板で友達になった人が、藤崎さんと仲良しだったみたいで。藤崎さんが大阪に来るというので3人でオフ会……人生で初めてのオフ会に出かけたんです。インターネットの人と会うの凄いなーと思って」

 藤崎ひかりは、マンガ家のほかゲームの原画でも活躍する人物だ。18禁雑誌のみならず日本文芸社の雑誌『コミックヘヴン』で連載した『のぞえもん』でも高い人気を得た。この『のぞえもん』という作品は『ドラえもん』を少女に置き換えたパロディだったが、単行本第一巻の発売直後に「内容の一部に不備があった」として単行本が回収され、翌月に発売された『コミックヘヴン』誌上で連載を中止する旨の「謝罪文」が掲載され大きな話題となった。私は、藤崎の作品を『のぞえもん』しか読んだことがなく、明るくライトなエロスを描くマンガ家だと思っていた。ところが今年の5月に偶然購入した『艦隊これくしょん』のヒロインの一人である時雨を描いた同人誌では、見知らぬ男たちに輪姦されたことを、恋人でもある提督には決して告げることができないシーンを重々しく描いていた。それまで知っていた作風との落差だけでなく、不幸をたった一人で受け止めようと耐え忍ぶ時雨の描き方の巧みさが相まって、名前は脳裏に深く刻み込まれていた。

 知るかバカうどんは、話を続けた。その頃、専門学校の講師もしていた藤崎は、初対面の女子高生に、こう迫ったという。

《絵、描けるんやろ?》

《描けます》

《なら描いてみいや》

 知るかバカうどんは、手と身体を動かしてその時のことを語った。「手えこんなんなりながら」すなわち、ブルブルと手だけでなく全身を震わせながら描いたのだと。出来上がった絵を見て、藤崎はいった。

《メッチャ、うまいやーん》

「褒めてくれた。それまで自分、人に褒められたことがなかったんで、めっちゃ嬉しかったんですよ」

君に愛されて痛かった

君に愛されて痛かった

近年まれに見る傑作では??

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