「問題の本質は原発事故にあることを忘れてはいけない」識者コメントと共に省みる『美味しんぼ』騒動

 このように主張や論法はさまざまだが、一方的な見解に限ってを掲載しているわけではなく「スピリッツ」編集部が論者を恣意的にチョイスしたという印象は受けない。むしろ自らの看板マンガである『美味しんぼ』の鼻血描写や「福島に住んではいけない」というセリフに対し、「的が外れている」「酷い言葉です」と識者たちからの批判的なコメントも掲載している点は評価できる。最後に載せられた編集部の見解では「多くの方々が不快な思いをされたことについて、編集長としての責任を痛感しております」とあり、騒動の初期に公式サイト上で掲載された編集部コメントよりも謝罪的なニュアンスが強まった。これをもって「スピリッツ」側からのケジメがついたと好意的に評価する人もいれば、小学館全体ではなく“編集部としてだけ”のコメントにとどまったことに不満をおぼえる人もいるだろう。

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小学館「ビッグコミックスピリッツ」公式サイト「SPINET」上にて、22・23合併号についてのコメント(画像右)と、25号に掲載されたコメント(左)。

 なお、新旧の編集部コメント文を比較してみると、削除された部分もあることがわかる。「原作者の意見を尊重」して掲載に踏み切った点は共通しているが、「綿密な取材」のくだりがなくなっているのだ。前回の記事(http://otapol.jp/2014/05/post-934.html)でも述べたように、“福島の真実”編では双葉町の元町長・井戸川氏の主張を多く紹介しながら、当事者の一方である双葉町には取材そのものが一切行なわれていない。さらに5月16日、関西の子どもたちを放射能から守るため活動する「大阪おかんの会」が、『美味しんぼ』作中でアンケート結果を勝手に引用され、その影響もあり組織としての活動に支障が生じている旨を公式ブログ上で明かした(http://ameblo.jp/osakaokan2012/entry-11851874731.html)。この文面を読む限り「大阪おかんの会」にも原作者と小学館からの接触はまったくなかったようだ。こうした取材の不備を編集部側でも把握していたのなら、たしかに「綿密な取材」と主張し続けることは難しい。原作者の雁屋哲氏が公式ブログで「反論は、最後の回まで,お待ち下さい」と告げながら沈黙を続けている(5月19日現在)ことも含め、今週の「スピリッツ」で特集記事を掲載したからといって、その取材手法などに対する批判をすべて終息させるのは難しいかもしれない。

 読者による批判ツイートから広がった今回の『美味しんぼ』騒動は海外までニュース配信され、日本でも閣僚や総理大臣がコメントする異例の事態になった。その拡散スピードと範囲だけを考えれば、「福島第一原子力発電所事故による放射能汚染の現状や、低線量被曝による健康への影響などについての問題」を国民に再認識させ、議論を活発化させるという原作者側の目的は大部分が達成されたと言えるだろう。しかし反面、裏取りが不十分な取材や科学的考証の誤り、“結論ありき”なストーリー構成などにより、被災地の住民や関係者に不安と不快感を与えたことも否定できない。原発や放射能問題への議論だけでなく、同時にマンガ・アニメといった娯楽媒体で“架空の世界観においてリアル社会を描写するとはどういうことか?どんな影響をおよぼすのか?”を考えさせられる騒動だったとも言えそうだ。

「スピリッツ」25号をもって『美味しんぼ』は一時休載となり、再開時期については未定だ。この作品のなりゆきだけでなく、今後のマンガやアニメ表現は社会とどう関わっていくのか。その点にも注目していきたい。
(文/浜田六郎)

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