『八雲さんは餌づけがしたい。』(里見U) これはもうセックスなんじゃないかな? 

 この作品、ある程度年齢を重ねて、人間の様々な心の機微を体験した人のほうが読んで感慨深いだろう。

 里見U『八雲さんは餌づけがしたい。』(スクウェア・エニックス)を読んで抱いたのは、そんな感想であった。

 なぜそんなことを考えたのか。

 それは、作品中に描かれているのがセックスを越えた、それ以上のなにかだったからである。

 物語のヒロイン・八雲さんは28歳の未亡人。彼女の暮らすアパートの隣室に越してきたのは、高校球児の大和翔平。近所の強豪校に通うため、翔平は一人暮らしをしているのだ。

 料理が大好きだった八雲さんだったけど、愛する夫が亡くなってからは、抜け殻のように暮らしていた。食べてくれる人がいなくては料理もめんどくさいものに変わってしまっていたのだ。

 そんなときに隣に越してきたのが翔平。ご飯が余るよりは食べてもらおうと、大きなおにぎりを持って尋ねた八雲さん。玄関先で挨拶をしている間に、翔平は皿いっぱいのおにぎりを、飲み物のように食べてしまったのである。以来、翔平は毎晩、八雲さんの部屋に帰ってきては、ご飯を食べるようになっていた。

 翔平が「おかわりください」というのは、八雲さんにとっては至福の瞬間。なによりも、毎日、おいしいおいしいと、いくらでもご飯を食べてくれる翔平が「ただいま」とドアを開け「おかえりなさい」と答えるのは、幸せ以外のなにものでもないのである。

 わかるだろうか、この2人の関係を。

 2人はセックスをしていないのに、すでにそれ以上の関係になってしまっているのである。

 もちろん、まだ16歳の翔平にはわからない。毎日のように身体をつくるための高カロリーかつ手間のかかるメニューを次々とつくって出迎えてくれる八雲さんに感謝をしているだけ。でも、そこには明らかにセックスがある。翔平の「ただいま」は挿入シーンであり「おかわりください」は絶頂シーンだと解釈しても間違いないのではなかろうか。

 対して、結婚も体験している八雲さんは少々複雑だ。翔平が大会前の合宿で帰宅できなくなったときには、あっという間に抜け殻状態。「一日ってこんなに長かったんだな」と呆然として過ごすしかなくなってしまう。

 このシーンから感じるのは、もう身も心も完全に翔平のモノになってしまっているということではなかろうか!

 いっておくが、この作品中にエロシーンはまったくない。お色気シーンもお風呂とか、その程度である。にも関わらず、こんなにエロいなあと震えてしまう作品が登場するだなんて!

 ある程度の年齢ならば、そのエロさを楽しめる。きっと若い世代は、男女関係の成立=セックスみたいな固定観念から解放される作品として読めるだろう。

 久々に出会った名作だ!
(文=是枝了以)

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