『青猫について』単行本化記念インタビュー

『青猫について』セーラー服少女が男の首を斬り、腸をえぐる! 終戦直後の日本の“裏社会”を生きる美貌の殺人鬼を描く

「ビッグコミックスピリッツ」「月刊!スピリッツ」に続く“第3のスピリッツ”として、“ゆるい漫画”を配信しているWEBコミックメディア「やわらかスピリッツ」(すべて小学館)。同サイトにて、今年3月より連載されている『青猫について』http://yawaspi.com/aoneko/index.html)が、「まったくゆるくない」と話題を呼んでいる。

 同作の舞台は終戦直後の闇市。開始早々、セーラー服の少女がヤクザたちの首を斬り、腸をえぐり、脳みそをぶち抜く。さらには、親を失い浮浪児となった子どもたちが“ヒロポン漬け”にした大人たちを操っている。

 そんな暗く重い世界を描くのが、昨年完結した『地球戦争』(小学館)でも話題となった漫画家・小原愼司だ。

 探偵モノや古典SF、そして今回の戦後日本と、どこかレトロな作品を独特の世界観で描き続ける小原氏は、1993年のデビューから一度も拠点を東京に移すことなく、大阪で執筆活動を行ってきた。

 今回はそんな小原氏に、大阪へのこだわりと、現在の漫画界について話を聞いた——。

* * *

——小原さんにとっては初となるWEB連載『青猫について』が、10月12日についに単行本として発売されました。同作では、重いテーマをさらっと散りばめていて、「やわらかスピリッツ」読者も衝撃を受けているのではないかと思います。テーマについては、何か思い入れがあったのでしょうか?

小原愼司(以下、小原) テーマと言えるかどうかわかりませんが、子どもの頃から、父親の話なんかを聞いては、「戦後の、何もかもすっからかんになった日常の中で、自分ならどうなってたかな?」と、妄想してたんですよ。その妄想から、戦後に生きたさまざまな人たちをエンターテイメントで描いていこう、と形にしたのが『青猫について』です。まあ、結構な確率で、彼らの生き方を(主人公の)青猫が台無しにしちゃうんですけど(笑)、力や精神がやたら強い人々をどんどん描きたいと思っているので、応援してもらえたら嬉しいですね。

——もともと「やわらかスピリッツ」は、比較的女性向けのマンガが多い印象でしたが、ここ2年ほどですっかり男性向けマンガが増えました気がします。読者層については、何か意識されていることはありますか?

小原 WEBでの漫画連載が初めてだった事もあって、読者層については、具体的には意識してないんです。薄ぼんやりと、(性別、年齢層共に)幅は広いのかな? と思っているくらいで。どの年齢のどの性別に向けてと言うより、この漫画(『青猫について』)を面白いと思ってくれる人々みんなにアプローチできる機会になればと思ってます。

——最近では、WEB漫画の台頭もあり、『青猫について』のようなスプラッタ要素のある作品や、いわゆるエログロと言われるような過激な作品がどんどん増えています。書き手側としても、意識する部分はありますか?

小原 エログロ作品に限らず、漫画で表現できる幅はどんどん広くなってるとは思いますね。「昔やったら、こんなことマンガでは成立しなかったよな」という話がネタとして成立して、漫画という形になって、しかもそれを読者の人が面白がれる土壌もできているという。

 僕は、大ヒットを出そうというわけではないけど、漫画家として「こういうのをやっても面白がってくれるかな?」という可能性を、考え続けないといけないと思ってるんです。その上で、面白いものを描きたいけど、僕が面白いと思うものを、読者のみんなに伝える時にどうやって読みやすくするかっていう工夫をいっぱいしないといけない。その結果、「こんなの描いてもわかりづらいだろうな」と思って、描かずにいたことってけっこうたくさんあるんです。ところが、その「わかりづらいこと」すら、今ではひとつのジャンルとして成立するようになりました。

——具体的に、これが漫画として成り立つのか! と、驚かれた作品とかってありますか?

小原 『ダンジョン飯』(KADOKAWA)とか、あんなの昔だったら考えられないですよ。架空の世界の生き物の料理について延々描いて、しかも面白い。20年前だったら、一部の人は「面白い!」って言うかもしれないけど、読む人の多くはキョトンとしたんじゃないかな。何を描いても、どこかに必ず読者が存在しているというのが、今の漫画界だと思います。

 ただその一方で、最近の若い子の漫画をブログなんかで見たりすると、変に戦略練っているところがあって、「小賢しい!」と思うこともありますけどね(苦笑)。

セーラー服の少女が男たちの首を斬り、腸をえぐる! 終戦直後の日本の裏社会を生きる美貌の殺人鬼を描くの画像2気さくにお話しくださった小原さん!

■東京に行くタイミングを失って、今

——小原さんは、1993年にデビューされてから、一度も東京進出はされていらっしゃらないですよね? 大阪にこだわった理由は、何かあるのでしょうか?

小原 東京に行こうって思ったことはあるんですよ。ただ、ちょうどそのタイミングで父親が亡くなって、長男なんで、ここで大阪を離れるのは違うなと思って。父親がやってた印刷会社をたたむかどうかって話にもなってたし、そうこうしているうちにタイミングを失った感じですね。

——そもそも、漫画家になるきっかけはなんだったんですか?

小原 ベタですけど、子供の頃に『ドラえもん』を読んで、自分も漫画を描きたいなと思ったことが始まりです。ただ、その頃はまだリアルに職業として考えていたわけじゃなかったし、高校卒業後は普通に就職したんです。それから4年近く働いて、「やっぱり漫画描きたいな」って気持ちが芽生えて。

——別の仕事をしている間も、漫画は描いてたんですか?

小原 いや、それがその4年間はまったく描いてなかったんですよね。やろうと思ったら、働きながらでも漫画を描ける人はいるんだろうけど、俺はできなかった。だからスパッと会社を辞めて、1年間真剣に漫画を描いて、いろんな賞に応募してダメだったらまた働こうと思ってたんです。というか、1年頑張ってダメだったら、そもそも漫画家にはなれないだろうなって思ってたんで。

——お笑いの世界とかだったら、何もしなくても、辞めさえしなかったら突然チャンスが巡ってくることがありますけど、漫画はそうじゃない、と。

小原 うーん、漫画は描いた作品が結果として残るじゃないですか。それを何本か描いて、1本も結果が出ないなら、その先はもう、大して変わらないんじゃないかなと思ってたんです。

 まあ、今考えたら、1年って限定することはなかったんだけど、自分は期限を設けないとできないタイプだったんで。結局1年で3本描いて、3本目で「アフタヌーン四季賞」の四季大賞をもらった。本当は1本目から「これはいける!」と思ってたんですけどね(笑)。

——デビューが決まって、担当編集とのやり取りが始まるじゃないですか。大阪にいながら東京の編集者とやり取りするっていうのは、ストレスじゃなかったですか?

小原 そこについては、いい点と悪い点があるかな。まったくひとりで作る漫画ってデビュー作が最初で最後なわけで、次からは編集の人と一緒に作っていくことになる。仕事が続けていけるかは、そこからが勝負なんですよね。その点で、漫画の打ち合わせとかが電話になる分、コミュニケーション能力は絶対必要だと思ってます。ただね、例えばネームチェックしてもらう時、こちらがメールで送って、担当がチェックして、その翌日に電話がかかってくるんですよ。その一晩で心の準備ができるっていうのは大きいなと思ってます。直接東京の編集部にネームを持って行ったことも1、2回あるんですけど、目の前で読み始められた時、どうしたらいいのかわからなくなってしまって(笑)。ものすごく手持ち無沙汰になるんですよね。だから、目の前でネームを読まれて、その場で話で評価されるのも、それはそれで怖いなって。

 もちろん、東京にいたほうが、ちょっとした相談でもすぐに担当編集に会えるし、編集部にいる時に偶然イラストの仕事を頼まれたりするっていう利点はあると思います。1度、編集部にお邪魔した時に、横で違う仕事の打ち合わせが始まって、その打ち合わせをしている人が俺の顔をパッと見て、「そうだ、小原さんにも1枚頼もう」って、すぐに仕事が決まったことがありました。目があった奴に仕事がいく。そのチャンスは東京にいないと難しいんだろうな、とは思いますね。

 まあでも、大阪が大好きで、どうしても大阪から出たくなかったわけではないけど、自分はそこで仕事が成り立ったから、そのまま今に至ってる。今はもう、原稿もデータでやり取りできちゃうし、不便は感じてませんよ。

■「もうちょっと読みたい」のちょうどよさ

——ところで、ずっと聞いてみたかったんですが、漫画のタイトルって小原さんが考えてるんですか?

小原 編集の人の意見が入ることもありますけど、だいたいは自分で考えてますよ。漫画を描きながらタイトルを考えて、徐々に案を絞ってくんですけど、結局、決まるのはいつも一番最後ですね。ギリギリまで考えちゃうんで、予告の時には「なんだったら(仮)ってつけておいてください!」ってことがよくあります。

——全体像が見えないと、タイトルつけるのって難しいじゃないですか。その点、漫画っていつまで続くかとか始まった段階では決まってないことも多いし、悩むだろうなって思います。

小原 考え始めると、「まだ何かほかにいいのがあるんじゃないか」って、ずっと思いますしね。例えば『星のポン子と豆腐屋れい子』(講談社)は、俺が原作を書いて、トニーたけざきさんが作画してるんだけど、俺の考えたタイトルは『ポン子とれい子』だったんですよ。それが最初に浮かんで、それからはもう何も出てこなくて。でもトニーさんが、最後の最後まで「もうちょっと、もうちょっと」って、こだわったんですね。

——たまたまその時に、お会いしましたよね?

小原 そうそう(笑)。最初は、俺の仕事場で、俺とトニーさんと編集の人と3人で考えてたんですけど、1時間以上かかって、タイトルを書いた紙が山のようになっても決まらなくて。「もうここでこれ以上考えても出てこないから、メシ食いにいきましょう!」って外に出て、それから、ぶっちょさんのお店(ぶっちょ柏木氏がオーナーを務めるバー「なんば紅鶴」)に行って、そこでもトニーさんが「これかな? これかな?」って粘ってたんですよね。

——トニーさんが店にいる人に、「豆腐っていうたら、なんや?」って聞いて回って、「◯◯です!」って答えたら、「それはもう出たんや!!」って怒られるという(笑)。

小原 お客さんは何がもう出てるかなんて知らないのに、ほんと理不尽でしたよね(笑)。でも、おかげで決まったタイトルが、『星のポン子と豆腐屋れい子』。ひとりで描いてたら『ポン子とれい子』で終わってたんで、これが合作の面白さだなと思いました。

——個人的に、『星のポン子と豆腐屋れい子』、すごく好きなんですよ。豆腐屋の子ども・れい子とヒロシが出会った奇妙な生物ポン子が、宇宙から来たセールスウーマンで、豆腐屋の再建を手助けする……って、一見ほのぼのSF系かと思いきや、いきなり予想外の展開になったり、いい意味で期待を裏切られるというか。話にまったく無駄がないなと思いました。

小原 それは嬉しいですね。それは、「アフタヌーン」(講談社)での掲載が決まった段階で、単行本1冊で完結するって決まってたんです。なので、最初からオチを決めることができたし、あとはもう、そのオチに向かうために“騙し”とかをどうしようって考えることができて。

 終わりが見えてるからこそできた作品というか、あれが長期連載だったら、途中で破綻してた可能性がある。もちろん、上手い人なら破綻させずに見せていけるんですけどね。『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)とか、どんどん話をひっくり返しながら続けて、上手いやないですか。でも、そういうストーリー作りは、俺は1冊が限界かな、と思ってたんです。

——冒頭の話から、1話完結と言われてもおかしくない感じだったんで、入りやすかったですね。それでいて、どんどん急展開していくから、飽きずに読めて、「もっと読みたい」という感じで終わる。

小原 漫画って、「もうちょっとだけ読みたい」くらいがよくないですか? それが俺のベストです。「この先どうするんやろう」的な“気持ち悪さ”っていうのが、欲しいんです。読んだ人の頭の中で、何度も繰り返して反芻する余地が残ってるほうが個人的に好きなので。ほら、『エヴァンゲリオン』だって、テレビじゃ終わってないですか(笑)。

——そうか! だから『エヴァ』は人気があるんですね!

小原 いやいや、もちろんそれだけじゃないと思うけどね(笑)。

(インタビュアー/ぶっちょ柏木)

■小原愼司(おはら・しんじ)
1969年、大阪生まれ。93年、アフタヌーン四季賞春のコンテストにて『お姉さんといっしょ』(『ぼくはおとうと』第1話)で四季大賞を受賞し、デビュー。『菫画報』(講談社)、『地球戦争 THE WAR OF THE HUMAN』(小学館)など、古典SF系ストーリーを得意としている。08年には、『二十面相の娘』(メディアファクトリー)がテレビシリーズとしてアニメ化された。

■イベント情報
青猫について 単行本発売記念トークイベント! 〜Web漫画の現在とこれから~
会場:なんば紅鶴(〒542-0074 大阪府大阪市中央区千日前2-3-9 レジャービル味園2F
日時:10月29日(土) start 19:30
入場料:2000円 (1drink別)
出演 :小原愼司、凸ノ高秀、B・カシワギ、林人生

『菫画報』『二十面相の娘』『地球戦争』と独自のレトロ感漂う世界観を描き切る漫画家・小原愼司の最新作、『青猫について』の単行本1巻が発売された。これを記念して、「なんば紅鶴」では小原氏のトークイベントを敢行!  この『青猫について』は、「やわらかスピリッツ」(小学館)というWEB媒体での連載作品である。現在、紙媒体とネット媒体の移り変わりの過渡期でもあり、我々読み手も、そして漫画の描き手もその変化に何を感じているのか? また、表現は変わるのか?——そんなテーマについても言及すべく、WEB上でも広く活動する漫画家・凸ノ高秀氏もゲストとしてお招きし、これからのWEB漫画の可能性についても掘り下げていきたい。当日はWEBでは見れない生原稿も公開! 詳細は、公式サイトへ→http://benitsuru.net/archives/15935

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