ベテラン丸山英人の新作『彼女はとても溶けやすい』(電撃文庫)は、真っ当すぎるラブコメであります。
どんなに恋愛に対して淡泊な人や、枯れた人であっても、青春の甘酸っぱい感覚に身悶えすることが絶対に保証されるまたとない作品といえるでしょう。
そんなラブコメを成すのは、特殊体質すぎる男女です。主人公・久田深弥は影が薄すぎる少年。作中の描写によれば、食事をしようと店に入っても店員が水を持ってこなかったりするレベル。空間において、存在がまったく認識されないという、とてつもない影の薄さが特徴(?)なのです。そんな彼のお相手となるのは、同級生の重栖かなた。彼女は、誰もが注目する存在感にあふれるクラスの美人。
ただ、いつも不機嫌そうにしていて誰も近寄らせようとしないのが、特徴です。
どんな美人でも、怒ってばかりいれば不美人に見えてくるはず。にもかかわらず、誰もが認める美人ということになってるんだから、相当の美人であることは間違いないでしょう。
物語は深弥が、かなたの秘密を知ったことで始まります。実は、彼女は普通の人よりも融点が低いという超特異体質の持ち主。どういうことかといえば、興奮したりして体温が上昇すると溶けてしまうのです。そんな秘密を知っているのは沖島文ただ一人だけ。
偶然、深弥が溶けかかるかなたを目撃したことで、3人は秘密を共有し、濃密な時間を共に過ごすことになるのです。というのも、深弥は部員がただ一人の化学部の所属。部室には液体窒素などの便利な備品もあることから、かなたと文も部員となったのです。
さあ、そうして舞台を整えてどんなラブコメが展開していくのか。期待をしながらページをめくると、沖島さんの提案で深弥とかなたがデートするパートが始まるのです。というのも、沖島さんの目的は単に秘密を共有することだけではなくて、2人の性格の改善。深弥の異常な影の薄さと、溶けるのを恐れて、常に怒っている、かなたの対人関係を円滑にさせることにあったのです。
ここで、2人が待ち合わせるシーンの地の文が絶妙です。
<むっつりと不機嫌そうな重栖さんは、今日は長い髪を束ねることなく真っ直ぐに下ろし、目深に帽子を被っていた。服装も体のラインを隠すふんわりと可愛らしい感じで、学校でのぴりぴりした雰囲気とはかなり違う。>
ここで妄想は爆発するではありませんか。この娘、絶対に人生初のデートに「何を着ていけばいいのか」必死に迷ったはずです。とりわけ、体のラインを隠す服。あんまりオシャレにすれば期待してやってきている感が出てしまうんじゃないだろうかと、必死に考えた末のコーディネートでしょう。なんとも可愛いではありませんか!
それだけではありません。作者の丸山氏はいきなり決まったデートゆえにノープランで来てしまった深弥の戸惑いっぷりにも多くのページを費やすのです。アホな女なら、ノープランに怒ってデートはオジャンになってしまうでしょう。ところが、ここで、かなたの女っぷりは急上昇。
お昼になり、なにか食べようということになれば、とげとげしく「一応、……お弁当、……ある、けど」だって。
なんだ、この娘! 言葉では感謝を現せない自分を予期して、せめてもの心づくしを用意していたんですよ。
しかも弁当の中身が、おにぎりが3分の2以上を占め、残り3分の1のおかずは、漬け物、卵焼き、唐揚げと「致命的に彩りに欠けていた」と説明されます。
そ、そんなに頑張ってくれたなんて……現実だったら、この時点で告白ですよ、ハイ。
このデートシーンだけで悶絶が止まらず、ページをめくるごとに「まだか、早く付き合っちゃえよぉ……」と感情移入が昂ぶるラブコメ。ほとんど疑似恋愛している気分で没入させてくれる一冊なのは間違いありません。
(文=大居候)
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