炎上した“鼻血シーン”はどう変わった? 修正された『美味しんぼ』最新単行本を読む

■改善された点と、今なお残る問題点

 前項でご覧いただいた通り、単行本化にあたって多くのセリフ改変が行われていることがわかる。「科学的根拠が乏しい」「事実を意図的に誤認させている」「風評被害を助長する」と批判を受けた部分が、全体的に断定口調を避け、より婉曲的な表現へと変わっている。

 また、単行本の欄外と巻末資料には、「スピリッツ」掲載後に出てきた新情報や、批判を受けての注釈も数多く追加されている。たとえば双葉町民に「体がだるい、頭痛、鼻血」といった症状が実際多く報告されている調査結果などはその一例だ。連載時に「大阪で処理した被災地のがれきが福島県のものだと誤認させかねない」と批判を受けた描写についても、欄外に注釈が付けられている。単行本を読んでみた印象として、連載時に受けた“ひとりよがりな論調”はずいぶんおとなしくなったと感じた。

 ただし依然として残る問題点もある。多少セリフが改変されたとはいえ、大阪の市民団体が行ったインターネット調査結果が無断使用されていたり、荒木田氏からのオフレコ要請を無視したりした箇所は単行本でもほぼそのまま残っている(当件についての釈明や謝罪の言葉は巻中に記されていない)。井戸川前町長の話に多くコマを割きながら、実はもう一方の当事者である双葉町への取材がまったく行われていなかったことが「スピリッツ」掲載後に明らかになったが、そうした“取材の偏り”についても全般的に改善は見られない。この点は被災地に住む人や読者からは「セリフだけを変更することに意味はあるのか?」と批判を受けても仕方ない部分だろう。

 そもそもセリフを変更した対応が正しかったのか? という疑問も残る。山岡や海原雄山のセリフは架空のキャラクターだから改変はいくらしても問題ないが、井戸川氏や荒木田氏は実在の人物である。取材時に聞いた生の声を、読者から批判されたからといって軽々に変えてしまってよいものだろうか。原作者の雁屋哲氏は非常に作家としての高い矜持を備えていることから、おそらく小学館側とずいぶん話し合いが持たれた結果として「一部セリフを改変して単行本化」という折衷案に落ち着いたと推測されるが、“マンガのキャラと実在の人物を混在させ、現実世界の事象を扱う”手法の限界をかいま見たような気がする。

 もうひとつ惜しいと感じたのは、一連のエピソード最終話が載った「スピリッツ」2014年25号の特別記事「『美味しんぼ』福島の真実編に寄せられたご批判とご意見」(http://spi-net.jp/special/spi20140519/)が、単行本に収録されなかったことだ。単行本の奥付に「弊誌ホームページで公開しています」とアナウンスがあるだけである。111巻は300ページ近い大ボリュームのため印刷・流通上の都合で見送られた可能性もあるが、専門家たちによる“鼻血”描写への賛否さまざまな意見はきわめて示唆に富んでいただけに、できれば単行本に収録してほしかったとも思う。

■完全に成された父子の和解――そして“反論本”の出版へ向けて

 若干批判めいた書き方になったが、長年の『美味しんぼ』ファンである筆者個人としては、111巻の発売を心から歓迎している。110巻に記載された発売予定時期を半年以上過ぎても音沙汰がなかったので、ひょっとして永遠に発売されないのでは……と気をもんでいたからだ。

 鼻血描写ばかりがクローズアップされたため誤解されがちだが、110巻から続く「福島の真実編」を通して読めば、本エピソードの目的は“原発事故に揺れる被災地の現状を深く理解することで、日本のこれからを考える”ことであったと理解できる。ただ行き過ぎた描写があまりに目立ったのと、騒動時に原作者自身が「鼻血ごときで騒ぐ人は発狂するかも」などと煽りすぎた失敗は真摯に受け止めていただきたいものだが。

 ストーリー面でも福島への複数回の取材を通じて、山岡と雄山の“完全な和解”が成立したことは大きなトピックだ。両者はすでに102巻で和解はしていたものの、依然として山岡は雄山を「あの男」「お前」と呼ぶなど、読者から見ても違和感のぬぐえない状態だった。しかしこのたび発売された111巻では若き日の雄山(これは大注目)と妻とのなれそめが回想シーンで語られ、雄山の想いを聞いた山岡も長年のわだかまりを解こうと必死にもがき苦しむ……その果てで互いの気持ちが通じ合い、山岡が雄山を「父さん」と初めて呼ぶシーンは感動ものである。

「福島の真実編」が完結してから『美味しんぼ』は連載を休んでおり、今後も続きのエピソードが描かれていくのかは明かされていない。代わりというわけではないが、今回の“鼻血騒動”について原作者の雁屋氏が意見を述べた書籍を出版することがブログ内で発表された(http://kariyatetsu.com/blog/1713.php)。表現を修正して単行本を出し、父子の完全な和解も成った――そこから雁屋氏はさらに何を語るのか? これが新たな議論再燃のきっかけとなるのか? 2015年1月に発売されるという書籍にまつわる動向にも注目したい。
(文/浜田六郎)

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