あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)

 京都アニメーション制作ということもあって、放送前から大きな話題となっていた『小林さんちのメイドラゴン』(作:クール教信者、双葉社/ABC朝日放送ほか)。個人的にも、トールのメイド服の揺れるおっぱいから目が離せません。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像1 TVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』公式サイトより

 ともすれば、魅力的なキャラクターの個性やギャグ描写だけに目が行きがちな本作品。実は登場する各ドラゴンたちの性格や外見、特徴には、原典となるドラゴンの伝承や文化、要素などがこれでもか、というほどに詰め込まれているのです。

 アニメ内ではギャグっぽくさらっと流していましたが、たとえば「口で洗濯をするトールに対してルコアが、ニーズヘッグというドラゴンが毎日世界樹の根っこをかじっているが毎日治されている、という北欧の神話から衛生観念を理解させる」「小林に嫌いなものを聞いたトールがたとえ話として、スペイン北部の伝承に残るドラゴンで、黄身のない白身だけの卵を頭にぶつけられると死んでしまう、という弱点を持つエレンスゲを出す」という、ドラゴン伝承としてはマイナーな部類の話まで盛り込まれていたりと、『小林さんちのメイドラゴン』は実に芸が細かいのです。

 今回はそんな『小林さんちの~』に登場するドラゴンたちの性格と、元ネタとなったドラゴンとの関連性について考察していきます。実はドラゴンって、種類も伝承も色々あるんですよ!

■トール(元ネタ:西洋のドラゴン要素の詰め合わせ)

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像2 TVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』公式サイトより

 主人公にしてヒロインのトールですが、直接的なモデルは今のところ不明です(同名の北欧神話最強の戦神、トールでもないと原作中でも触れられていますし)。

 ただし、ドラゴンでメイド服、というトールの外見は、ドラゴン伝承パターンのひとつ、呪いなどによって醜いドラゴンの姿に変化した女性の総称「ドラゴンメイド」という言葉の響きから来ているものと思われます。実のところ、ドラゴンメイドのメイドは“乙女、処女”という意味なんですけどね。

 さて、トールがドラゴンとしての正体を現した時の、
・爬虫類のような外見
・身体が硬いウロコに覆われている
・4本の手足に鋭い爪を生やしている
・翼を持ち、空を飛べる
・攻撃手段として毒や炎などの吐息を吐き出せる

 これらはファンタジーRPGなどでもよく見られる、西洋における一般的な「ドラゴン」の特徴です。

 また、トールがクリスマスなどのキリスト教に関するもの、西洋の城(ショッピングモールですが)などの西洋の騎士やそれを想起させるもの、人間に対して塵芥呼ばわりするほどの嫌悪感を持っている事には、歴史的な事実と理由があります。

 日本人にとって馴染み深いアジアの「東洋の龍」は、その逸話によって善とも悪とも、あるいは神様として祀られているものもおり、それぞれで属性が異なります。ですが西洋における「ドラゴン」は、ほぼ例外なく邪悪な存在として扱われているのです。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像3 Wikipediaより。ドラゴンと戦う大天使ミカエル(15世紀、シモン・ウシャコフ、1676年、モスクワ・トレチャコフ美術館蔵)

 その理由は至極簡単なもので、キリスト教徒たちが自身の信仰を広める手段として利用するため、古い時代に「ドラゴンは悪魔である」と定義付けたためです。

 古い時代のキリスト教徒たちは、信仰の伝わっていない地域を見つけると、そこの土着の神を邪悪なドラゴン、つまり悪魔として描きました。そしてキリスト教の聖人が信仰の力で倒す、という物語を作り、そこに住む人々の持つ土着の神への信仰を忘れさせ、キリスト教への改宗を効果的に進める手段としていたのです。

 それ以前の西洋のドラゴンは、決して悪いだけの存在ではなかったのですが……。要するにドラゴンは、キリスト教徒に信仰を広めるダシとして利用されてしまった、ということです。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像4 Wikipediaより。ドラゴンを退治する聖ゲオルギウス(15世紀)

 これら聖人に悪魔として退治されるドラゴンの物語は、12世紀頃のキリスト教の聖人伝集「黄金伝説(レゲンダ・アウレア)』を代表として、数多くの文献に多数残されています。それらの中でも特に、TVアニメ『石膏ボーイズ』にも登場した聖ジョルジョ、一般的には「聖ゲオルギウス」によるドラゴン退治の逸話は広く知られているところです。

 そして時代が進み中世になると、ヨーロッパでは騎士の武勲による立身出世や恋愛をテーマとした、騎士が主役の物語「騎士道物語」が大ブームとなりました。これら物語の特徴としては、主人公の騎士が成り上がるための踏み台となる、武勇と知恵によって倒されるための、邪悪で強大な敵が必須であることが挙げられます。

 当時の作家たちは、黄金伝説などの古い書物や伝承から「ドラゴン」という恰好の悪役を見つけたのでしょう、騎士が悪いドラゴンを討伐する、という物語が数多く作られました。結果として西洋におけるドラゴンは、英雄に退治される定番の悪役となり、それは現代にまで影響を与えているのです。

 トールに原典となるドラゴンが存在しないのは、おそらく「一般的な西洋のドラゴンのイメージをあらかた詰め込んでいる」というキャラクターであるためなのでしょう。勝手な都合で利用されて討伐されて、そりゃあ塵芥呼ばわりされても仕方がないですね。

■カンナ(元ネタ:北海道アイヌの神話)

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像5 TVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』公式サイトより

 続いては幼女好きの皆さんが「マジやばくね」と大歓喜のカンナちゃん。彼女の元ネタは、カンナカムイという彼女の長い本名から察せられるように、北海道の先住民族アイヌの神話や伝承に登場する、東洋の龍であり雷神「カンナカムイ(シカンナカムイとも)」。なお、残念ながら男神です。

 アイヌの神話や伝承は地域差が非常に激しく、各地で異なる内容が伝えられています。そのためこれがアイヌの神話、と言い切ることはできませんが、ここでは『日本伝説大系 1巻』(みずうみ書房)及び『カムイ・ユーカラ』(平凡社)の内容を基礎としてご説明していきます。

 カンナカムイは、アイヌ創世神話の主人公格である英雄「アイヌラックル(オイナカムイ、オキクルミ、ポイヤウンペ、サマイユンクルなどの別名多数)」の父です。

 カンナカムイの性格は好奇心旺盛で、また力の加減を知らない親バカです。
 伝承内のエピソードとしては、
・地上が作られていた時代、人間界創造に関係のない神々は邪魔になると、天界から降りるのを禁じられていたにも関わらず、好奇心に勝てずこっそりと(雷鳴でバレバレなのですが)地上の様子を見に行く
・悪魔との戦いに苦戦していた息子アイヌラックルを助けるため、【太字ここから】あまりにも強すぎる雷を何度も落とし、悪魔どころか悪魔の国ごと木っ端微塵にする【ここまで】
アイヌラックルの忠告を無視した上に意地悪をした人間たちを、雷で村ごと焼き払い皆殺しにする
 などの描写が見られます。

 ほか、地上へ行ってみたいというアイヌラックルに対して、カンナカムイが「人間は優しいがイタズラ好きで、何をされるかわからない。お前のような短気な者を行かせたら何をしでかすか」と諌める場面もあります。

 また、カンナカムイが地上に降り立った時のことです。彼はたまたま見かけたハルニレの木の美しい精霊、チキサニ姫に一目惚れをします。この時に興奮しすぎたのでしょうか、カンナカムイは雷神の力を暴走させてしまい、チキサニ姫をその周辺と一緒に雷で焼き払ってしまいました。まぁ、燃え尽きたチキサニ姫からアイヌラックルが生まれて、姫自身も特に気にしていないので、問題はありません。

 アニメにおけるカンナのイタズラ好き、イタズラが過ぎて追放されてしまった、好奇心旺盛、寂しがり屋、マイペース、尻尾から電気を充電する、電気が切れると力が出ない、小さな身体でもドラゴンとしての力は十二分、などの性格や設定は、これらエピソードからきているものでしょう。

 また、カンナが身にまとう衣装にもアイヌの意匠が数多く見られます。

 カンナのケープについているグルグル模様は、「モレゥ(うずまき)」というアイヌ文様の基本を簡略化したものでしょう。頭の角も同様に、アイヌ文様が由来と考えられます。複数の曲線を組み合わせて作られるアイヌ文様には、カンナの角のような模様がしばしば見られるのです。いずれも、下の引用画像を参考にして下さい。

 また、カンナが頭に付けているカチューシャ(リボン?)は「マタンプシ(刺繍の鉢巻き)」、おさげに付けている髪飾りは「タマサイ(ガラス玉をビーズ細工のように繋げた首飾り)」をイメージしているものと思われます。

 ただし、マタンプシは本来男が巻くもので、女性も巻くようになったのは明治時代以降です。「ワタンプス」という、アイヌの女性が男性に愛を告白する時に渡す、頭に巻く布(カムイ・ユーカラではヘア・バンドと訳されています)の可能性もあるでしょう。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像6『ゴールデンカムイ』2巻表紙(集英社)

 ものすごく簡単にまとめてしまうと、マンガ『ゴールデンカムイ』(作:野田サトル、集英社)のアシリパ(※リは本来小さいリ)の服装をデフォルメし、現代風にアレンジしたデザインともいえるのです。服装がゴスロリ風にまとまっているのは、アイヌという異文化から来たこと示しているとも考えられますが、単純にかわいくしたかっただけかもしれません。

 ちなみに、転校の挨拶でカンナが出身地として挙げた「ウシシル島(宇志知島)」は、北海道の東にある千島列島に住んでいたアイヌの聖地であり、カンナカムイが自身の居住地として創り天から落とした島、という伝承が残されている場所です。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像7 TVアニメ『小林さんちのメイドラゴン』公式サイトより

■ファフニール(元ネタ:北欧の神話伝承)

 ファフニールの元ネタは、北欧の神話や伝承に登場する「ファフニール(ファーヴニル、ファフナーとも)」です。いわゆるドラゴンと呼ばれている、さらに個体名を持つものとしては、特に知名度の高い存在と言えるでしょう。

 一部作品では「ファフナー」とも呼ばれており、こちらの名前を使用した作品も多数ありますが、これはドイツで作られたオペラ『ニーベルングの指環』におけるファフニールの名前です。アニメのファフニールが正礼装であるモーニングを着ているのは、格式高いオペラの題材として使われたことが由来だと思われます。ただ単にカッコイイから、執事キャラを出したかったからという理由かもしれませんが。

あのドラゴンたちの元ネタは……!?  知って差が出る『小林さんちのメイドラゴン』から学ぶファンタジー知識(前編)の画像8Wikipediaより。洞窟に潜み、財宝を守るファフニール

 原典神話におけるファフニールは、小人族「ドヴェルク」の青年が、棲んでいる洞窟に隠した財宝を、外敵から守るために変身したドラゴンです。

 ですが、この財宝というのが、相当な因果とイワクつき。これは元々、神に子供の1人を殺されたファフニールの父親が、その賠償として神から授けられたものです。父親の財宝に目がくらんだファフニールと弟レギンは、共謀して父親を殺してしまうのですが、さらにファフニールはレギンを出し抜き、奪った財宝を洞窟に隠し、財宝を外敵から守るために強力なドラゴンに変身したのです。

 さらにファフニールの血肉には、それを口にした者に強力な魔法の加護を与える力が秘められていました。血液を飲めば動物の言葉を理解する能力が、血液を浴びればどのような武器でも傷付けられない鋼の肉体が、心臓を食べれば誰よりも優れた知恵が身に付くのです。

 つまりファフニールを討伐した者は、財宝のみならず強力な魔法の力までも手に入れられるのです。数多くの戦士たちが財宝と魔法の力を求めてファフニールに挑戦し、返り討ちに遭っていたことは容易に想像が付きます。

 さらにひどいことに、この財宝には初めから「持ち主に必ず不幸をもたらす」という呪いが掛けられていました。

 財宝を奪い損ねた弟レギンは、シグルスという北欧神話の英雄を刺客として育て上げ、兄ファフニールを殺害することには成功しました。ですが、その直後にシグルスを殺して財宝を独り占めにするという計画がバレてしまい、シグルスに先手を取られ殺されます。

 結果として、魔法の力と財宝を手にしたのは英雄シグルスですが、彼もまた財宝の呪いによって大切なものをすべて失い、不幸のどん底に落とされた上で殺されてしまいました。

 アニメのファフニールが、やたらと「外敵を殺せ、呪え」とトールにアドバイスするような、陰気で常に恨みのような感情を抱く、冷淡で懐疑的な性格に設定されているのは、このような神話物語からきたものでしょう。

 神話における「財宝目当てに父を殺し弟を騙し、最後には財宝の呪いによって宿命的に殺された」という要素はおそらく、その行為を後悔した上で、トールを心配するような優しい性格を持つに至った、というところでしょうか。

――そんなわけで、『小林さんちのメイドラゴン』のドラゴンたちは、元ネタとなった神話や伝承のエピソードに由来する、細やかな設定が施されているのです。この辺の知識を軽くでも知ることで、細かいネタでニヤニヤできたり、あるいはお話の展開予想も一段と深くなったりと、原作マンガやアニメをより深く楽しむことができるようになるのではないでしょうか。
 後編ではエルマ、ルコア、可能であればトール父について解説していきます。

■文・たけしな竜美
 オタク系サブカルチャー、心霊、廃墟、都市伝説、オカルト、神話伝承・史実、スマホアプリなど、雑多なジャンルで記事執筆、映像出演、漫画原作をしています。お仕事募集中です!
Twitter:https://twitter.com/t23_tksn

ゴールデンカムイ 1

ゴールデンカムイ 1

本場の人からも褒められてましたね

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