『戦争めし』(魚乃目三太) 食べることの根源的な幸せに感涙させる一冊 

 魚乃目三太は『思い出食堂』(少年画報社)や『しあわせゴハン』(集英社)など、独特の泥臭い庶民目線(実際、下町在住だそう)の作風で、誰にでもわかりやすい感動を与えてくれるマンガ家である。

 食マンガは数あれど、魚乃目三太の作品に共通しているのは、その一食を食べることのできる感動である。食マンガの一つの頂点である『孤独のグルメ』は、一食を食べる中で満足することもあれば、大失敗での後悔を描くこともある。対して魚乃目三太は、食事ができること。それだけで十分幸せなのだということを、読者に提示してくれるのだ。

 あえていうならば、少々ベタではあるけれど「食マンガ界の叙情詩人」「食感動マスター」とでも呼ぶべきだろうか。そんな作風がもっとも結実しているといえるのが、今回紹介する『戦争めし』(秋田書店)である。

 これは、太平洋戦争という時代の中で、さまざまな食を楽しむ人々の姿を描いた短編集だ。

 収録された短編は、どれを読んでも度肝を抜かれまくる。第1話に収録された「幻のカツ丼」は、玉砕寸前のブーゲンビル島を舞台にした物語。ここで、生き延びた兵隊たちの娯楽は食べ物の話ばかり。その中で分隊長は「カツ丼を食べたい」と語る。でも、兵隊の多くはカツ丼がどんなものかも知らない。後に、このエピソードの主人公である山田は、定食屋に勤めていた経験を生かして連合軍から奪った物資でカツ丼をつくり振る舞うことになる。

 でも、もっとも泣けるのは、この語らいのシーンなのだ。誰もがカツ丼を知らない。それどころか分隊長は軍隊に入ってはじめて銀シャリの美味さを知ったとまで言うのだ。

 貧しい育ちの民衆が、生き残る術として軍隊を選び、そして最前線ではかなく命を散らしていくという華々しさの欠片もない戦場。そこで、カツ丼を食べたいという想いが、明日も生きていたいという気持ちを支えるという姿。そこには、悲しさとユーモラスな雰囲気とが同居している。ページをめくる手は止まり、描かれるフィクションと、かつてあった現実の戦争とがリンクして、さまざまな思いがよぎってくるのである。

 現代に生きる我々も、政治的スタンスは別として、戦中戦後の悲惨な事情は幾度となく聞かされたはずだ。そんな時代にありながら、食欲を抑えきれない人々。食欲で生きる気力を得る人々の姿はユーモラスだ。そのユーモラスな姿が、なぜかしら涙が出るタイプの感動をも呼び起こしてくれるのである。

 ほかに描かれるエピソードでは、闇で仕入れた物資を持ち込んで鮨を握ってもらおうと、寿司屋に集う人々の姿。シベリアの捕虜収容所で臨終の兵隊のためにパイナップルをつくろうと必死になる料理人のエピソードなどが綴られていく(これは実話だそう)。

 食マンガは数あれど、食べること自体がここまで丁寧に描かれた作品は見たことがない。巻末に記された作者の制作動機も含めて、必読の作品であろう。
(文=是枝了以)

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