『忘却のサチコ』また新たな“飯を食うだけで面白い”マンガが登場!

『孤独のグルメ』(扶桑社)が一躍“みんな知ってるマンガ”となり、「登場人物が飯を食べること」が主題となるマンガが日々生み出されている。「食べログ」に必死で書き込んでいる人を見るに、“食事”という行為で個性を獲得しようとする人が多いのかもしれない。

 そうした社会批評的なことはその手の人たちに任せておいて、また新たな“飯を喰らうだけで面白い”マンガが登場した。この阿部潤氏による『忘却のサチコ』(小学館)は、アラサーの文芸誌編集者・佐々木幸子が、ひたすら一人で飯を食べているだけのマンガだ。

 飯を食うマンガなのに、第一話はサチコの結婚式から始まる。衣装直しをしながら「結婚は利害の一致……」などと、理屈を語ってスタイリストに面倒くさがられるサチコ。だがしかし、いきなり式の最中に新郎が置き手紙を残して失踪してしまう。完璧な人生のため、妥協の果ての結婚だったのに、自分がショックを受けていることに気づいたサチコ。彼女は定食屋でサバ味噌煮定食を注文する。その美味しさは、すべてを忘却させた……。

 そんなわけで、この物語では、サチコが美味しいものを食べて、すべてを忘れて幸せを感じる姿が一話完結で描かれていく。ここでポイントとなるのが、サチコのキャラクターだ。

 仕事の上での彼女は、担当作家と電話で話をする時にも背筋を伸ばして正座するくらいの完璧人間。

 長崎にてトルコライスを食す回では、先に角煮まんを食べてしまっていたサチコは「出直してきますので!」と、一度店を後にする。長崎の名物のトルコライスは、一般にピラフ(もしくはカレー)の上にデミグラスソースのかかったトンカツ、さらにナポリタンを載せるという、“炭水化物天国”とでもいうべき料理(ちなみに、トルコにトルコライスはない)。これを完璧な状態で食すため、サチコは坂の街・長崎を疾走する!

「アレには……こっちも本気で挑まないと……負けてしまう!」

 そう心で叫びながら、部活中の中学生に気味悪がられつつも並走したりして、完璧な状態でトルコライスを食し、“忘却”を味わう。

 わんこそばの回では、てっきり、わんこそばは給仕と客の一対一の勝負と思ったら、通常のお店では給仕一人に対して客が複数。だから、そばを追加してもらうタイミングがイメージと違う……。サチコのイメージしていた、わんこそばとは、客と給仕が巌流島における武蔵と小次郎のごとく対峙する勝負の場。故にサチコは失望する。

「これは、山田【引用者註:サチコが勝手にイメージしていた給仕の名前】と私の戦い!! 一対一の真剣勝負!!」

 そんなイメージとの落差に失望し、一度は会計して店を出ようとしたサチコ。しかし、会計の際に彼女は見つけるのだ! 従業員の中に「山田」を!

 この人となら一対一の勝負が出来る、と直感。店を出てすぐにUターンし、リベンジを挑むサチコだった(サチコの情熱を知らず、店の人は彼女を完全にヤバい客だと思っている)。果たして、彼女のこの情熱はなんなのだろう……。

 さらに、仕事で作家の原稿アップを待つ回では、作家の要望で納戸に籠もることとなったサチコ。そこで、映画『幸福の黄色いハンカチ』のイメージトレーニングに励む。映画で健さんが刑務所で罪を償ったように、自分の犯した罪を回想して……。

 サチコはかなりどうでもいい罪を悔いながら、健さんと自分をシンクロさせようとする。そして原稿を受け取った後には、映画冒頭で出所した高倉健の気持ちになり、ビールとカツ丼とラーメンをとてつもなく美味そうにほおばるシーンを試してみるのだ。……心底どうでもいい罪なのに、完全に健さんと同化して“忘却の境地”に達してるのは、ある意味で羨ましい。

 本作を読めば、食べる時には幸せを感じなくてはならない、ということがわかる。そして、そのためには努力を欠かしてはならない、ということも。改めて、「食べログ」などで批評家気分のレビューをすることが目的化しつつ飯を食べていては、どんな料理も不味くなることを確信したのだった。
(文/是枝了以)

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