『銀彩の川』は、萱島のぞみ(原作)・倉田嘘(作画)・黒田一樹(監修)と、三つの才能が集った鉄道ヒューマンドラマである。
この作品には、萌えであるとかマニアを喜ばせるような要素は一切ない。それでいて、偏執的ともいうべき設定の練り込みによって、舞台となる東凪鉄道が現実に存在しているような錯覚すら与えてくれる。
まず、世界観の構築にあたってこだわりが見られるのは、登場人物たちが乗務する車両・3000系。この旧型車両の設定をどういう意志で組み立ててきたかは、巻末に詳しく記されている。また、物語のひとつの象徴になる車輪とヘルメスの翼を描いた会社のシンボルマークも、実際に欲しくなるような格好よさ。
設定といっても、そうした細かい部分に溢れんばかりの鉄道愛が込められているのである。唯一、関東の私鉄のはずなのにリニア事業部をもっているあたりが妙なんだけど、あまり気にはならないのは、それら目を引くこだわりのなせる技だろう。監修者である黒田は、鉄道への偏愛的な著書『乗らずに死ねるか!』などでも知られる人物だ。にもかかわらずマニアックに走るのではなく、リアルな空気感のある鉄道会社で人間を描こうとする姿勢は、この作品が名作となる可能性を持っていることを感じさせる。
また、連載誌「月刊ビッグガンガン」の公式サイトでは沿線各駅のスナップショットなども掲載しているのだが、こちらもマニア以外も引き込まれそうな鉄道の爽やかな部分を押し出していて、好感度大である。
そんな作者たちの夢がこもった東凪鉄道に勤務する主人公・芹沢千章は、このたび指導車掌の資格を得たばかり。指導車掌とは、見習いにマンツーマンで指導にあたる役であり、優秀な車掌になれた証である。マンツーマンの指導の中で公私を超えた付き合いが生まれ、強固な師弟関係ができあがっていくという。
だが、芹沢が担当することになったのは、大学院を飛び級で卒業した天才・棒葉貴之。もともと、現場に配属されるはずもない棒葉は運転士を目指してリニア事業部を蹴ったのである。
新人でありながら、堂々としており、まったくそつのない動きをする棒葉。それどころか、運転士に対してすら「時間がかかりすぎ」とまで言ってしまう自信家である。どう見ても、生意気かつめんどくさい相手。できれば関わり合いになりたくない。それでも、芹沢は定時運行のために、階段を駆け上ってくる客がいるのに、ドアを閉めた棒葉に「もっとお客様に思いやりを」と堂々と告げる。
そう、芹沢には自分の車掌という仕事への誇りと夢とが存分に詰まっているのだ。それは、なぜなのだろう。物語では、なかなか明らかにはならない。断片的に、目標とした先輩車掌がいたこと。日本舞踊の家系に生まれながらケガで挫折したことなどが語られるのみである。
棒葉に振り回されつつも、生真面目に何かを追って車掌業務をこなす芹沢の姿は、一種神々しい。また、綿密に設定された東凪鉄道という私鉄は、なぜか誰もが誇りを持って、利用者を第一に考えながら働いているように感じられる。
夏に青春18きっぷで旅をしているときに、列車の中で感じる風のような心地よさを味わうことができる鉄道マンガ。読了後に、読者は電車に乗ってどこか郊外へと行きたい感覚を持つのではなかろうか。
(文=是枝了以)
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