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まる寝子 ルポルタージュ

性別を越境するエロマンガの現在 TSFを描き続けて来た描き手・まる寝子の十余年

2019.06.03

 自分で出かけて、本を並べて売る即売会。幾ばくかのパーセンテージを設定して同人誌書店での販売。それに、最近は電子化してダウンロード販売とがある。ダウンロード販売は年を追うごとに重要さを帯びている。商業誌の場合、すでにどこの出版社も紙の雑誌や単行本よりもダウンロード販売のほうが割合を増している。同人誌も、次第にその傾向が強まっている。ダウンロード販売が広く普及したことで、収益を得られる機会は増えたけれども、作品づくり以外に考えなくてはならないことも増えている。

 より読者が支持してくれる作品を描くこと。そして、もしも売上が悪ければ、もっと描きたい作品であっても自分で打ち切る決断をしなければならないこと。

「アイデアが枯渇しないかって? いや、枯れまくってますよ……つらい」

 まる寝子は苦笑した。これはと思って考えたアイデアが読者に受け入れられているかどうか。同人誌は、売上が即座に答えを示す。活動初期から、二次創作と並行して同人誌でもオリジナルの~作品を描くようにした。自分の好きなものを描くのは楽しいが、同時に辛さも著しい。

「前に同人誌で『朝女な俺とふたなりっ娘お嬢様』というシリーズを描いたんですが、四作目まで描いて反応がよくないなと思ってやめた。その後に描いた『maidencarnation』は、これほどの成功体験はないほど売れて、今でも続編がないかと聞かれるけど」

 商業誌の原稿料は、そうそう上がるものではない。エロマンガの場合、会社や実力にもよるが「だいたい、1ページあたり7000円から」というのが、よく聞かれる話。単行本の印税は高くて10%。だから、同人誌は楽しいからやるというよりも、マンガだけで食っていくならば必然。むしろ、読者を掴めば商業誌では考えられない収益を得ることもできる。

 結果、商業誌で描くことを止めて同人誌だけに絞る者もいる。商業誌をやる意味は名誉。そして「うちで描きませんか」と声をかけてきて、やりがいを与えてくれた編集者への仁義。でも、すべての判断が自分ひとりに委ねられるのは苦しい。昨年の夏から始めた新シリーズ『路地裏カフェのトランスプリンセス』にも、迷いは尽きない。それでも今の状況はポジティブに捉えている。

「商業誌だと自分の場合20ページ前後で物語をまとめなければならない縛りがあるけど、同人誌は制限がないから。紙だと30ページくらいが限界かなと思うけど、ダウンロード作品だったら50ページの作品を一挙に公開しても、問題ないよね……どう思います?」

 単なる理想的な創作論ではない話題。いかにマンガを描き続けて、それで食べていくか。極めて生々しい話に、まる寝子は多くの時間を割いた。TSFについて話した時間のほうが少なかった。それは当たり前である。どことなく常に抱えている切迫感。それが、新たなアイデアを生み出す原動力になっているのだ。「カラーコミックは紙だと印刷代がかかるけどダウンロードだったら有利だし、訴求力が高いからやってみようかな」と、次々とこれからやりたいことを話す。

 その尽きない情熱の背景には、まる寝子が私生活、マンガ以外に費やす時間も充実しているからだと思った。三年くらい前まで起きている9割は仕事だった。「唯一の楽しみは散歩、食事、睡眠。ほぼ犬です」というのが当時の生活。エロマンガ3社掛け持ちに加えて、幻冬舎の「コミックバーズ」から依頼されて、一般作『ハイブリッドガールフレンド』も描いていた。

『ハイブリッドガールフレンド』

 一年に2冊も単行本を出すことができたが、ノイローゼ気味になった。仕事のスタイルを改めて、アシスタントを使い仕事の時間をセーブした。今は週の半分くらいが仕事だ。でも、残りの時間もボーっとしているわけではなく活発だ。

「ダイエットしようとジョギングを始めたんですけど効果がなくて。それで、ジムに通ったら筋肉がつくけど痩せなくて。で、今はブラジリアン柔術を」

 そのことは「キャラに合わないから、あまり話していない」といいながらも、楽しそうに話す。音楽も分け隔てなく聴くし、ライブにも出かける。てっきり四六時中TSFのことを。次はどんな感じで男が女になる設定にして物語を転がしていくのか。そんなことばかり考えているのかと思っていたら、まったく違った。実に真摯に、ストイックにマンガ家としての自分の生き方を考えているからこそ、週の半分をマンガ以外に費やしているのだと思った。

 そう、ストイックな感覚。人気にあぐらをかきルーティーンに陥ることもなく。自分も狭い界隈では名の知れた人間なのだと威張ることもなく。ただひたすらに繰り返される自省が、TSFというジャンルそのものを拡張しているのだと思った。

 そう、まる寝子のその態度がつくりものでないと本当に思ったのは、キルタイムコミュニケーションのTSFジャンルで人気の高い、ほかの描き手の名前を挙げた時だった。その二人とまる寝子で、TSFジャンルの三本柱という見方に異論を挟むものはまずいない。

 まる寝子はいう。「彼らとはプライベートでも良くしてもらっている」と。共に同じジャンルで切磋琢磨する者たちとの友情は厚い。でも、それは単なる友人の付き合いとは、違う。いつも、もっと自分もマンガを描かなければという熱が涌いてくる。

「三人で会うと、いつも身が引き締まるんですよね……」

 TSFというジャンルが拡張する世界。サラサラと砂のようになって消え去っていく男と女という性の壁。その源流には、より純粋な人の心があった。

(取材・文/昼間たかし)

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