投じた予算は3900万円超 下津井~『ひるね姫』の旅路で見た「聖地巡礼の魅力は作品よりも人」という事実
2017.06.25
さて、岡山駅を発車した快速マリンライナーは、瞬く間に児島駅へと到着する。この駅は、瀬戸大橋線の開通した1988年に開業した新しい駅である。
もともと、塩田跡の広大な空き地にできた駅だから、周囲の町もその時に開発されたもの。瀬戸大橋の開通当時は、まだ開発途上だったため、駅近くの広大な空き地を使って瀬戸大橋架橋記念博覧会も開かれた。
しかし、この会場、対岸の香川県での博覧会とは違って瀬戸大橋博と名乗りながらも、瀬戸大橋は見えないという奇妙な博覧会だった。そのため香川県側ほど客足は伸びず、赤字を出す結果となった。
そんな空き地にできたのは、巨大な天満屋ハッピータウンをはじめとする郊外型の町。一時、ブームになったアメリカの大学の日本校というやつも進出してきてオレゴン州立マウントフット大学日本校というのができて4年ほどで潰れた。功罪混じりながらも、一時は次々と店舗が出現した新しい町の玄関口となる駅。ホームから階段を下りると、さっそく『ひるね姫』のポスターやポップが出迎えてくれる。近年は「ジーンズの町」であることを観光資源としているこの地域だが、それを押しのけて、あちこちに『ひるね姫』。そこには、訪れるファンを歓迎しようとする気持ちが感じ取れた。
■否応なしに気づかされる……岡山=大阪のオマケ化
でも、電車を降りても、すぐに下津井に向かうことはできなかった。
「下津井に行きたいんじゃ」
改札の向かいにある観光案内所で、そう告げると窓口の女性は、バスの時刻表を渡してくれた。児島駅から下津井をめぐる循環バスは1時間に1本。50分ほどは待たねばならなかった。
でも、その間にも観光はできる。駅周辺のどこにでもありそうな風景を抜ければジーンズストリートをはじめとする観光地も徒歩圏内。『ひるね姫』の上映を記念して倉敷市が行っているスタンプラリーでは、それらもスタンプ設置場所に含まれていた。スタンプラリーには興味がなかったけれども、町の様子を見ようと、とぼとぼと歩いた。
人の数は少なかった。この町も一部のショッピングセンターのようなものを除けば、休日だからといって、出かけるようなところではないのだろう。
これはもう岡山県全域で起こっている現象だ。もはや、岡山県の多くの地域では、地元民が地元で買い物をし、遊ぶことは少なくなっている。以前より、県北の津山市あたりでは高速道路の開通により、休日となれば大阪方面へと出かける人の数が、どっと増えた。
その現象は、岡山市を初め県内の都市部でも起こっている。かつては、休日となれば岡山駅前の高島屋かビブレ。あるいは表町商店街や天満屋で、買い物がてらランチを食べてというのが、一般的な過ごし方。
ところが今では、神戸や大阪へと出かけるのが当たり前。高速バスも頻繁に走るし、新幹線も、こだまなら7,000円程度で往復できる割引切符がある。新聞にも当たり前のように、梅田あたりのデパートの折り込みが入るようになった。わざわざ、休日を岡山で過ごす必要などないということか。唯一、岡山駅前にできたイオンは、賑わってはいるものの、周囲は10年、20年前と比べれば圧倒的に歩いている人も少なくなった。
倉敷市のみならず、岡山市も、あるいは県も観光に力を注いでいるのは、こうした事情もあるのだろう。そんな観光の一翼を担う児島の町だが、少々寂しい。ジーンズストリートの近くにあった倉敷市瀬戸大橋架橋記念館も、今は閉館し児島市民交流センターに衣替え。以前は「橋の博物館」という通称で呼ばれ、橋を模した建物の上に登れるのが目玉だった。管理の都合なのか、今では階段は残っているものの、すべての入口は閉じられ「立入禁止」の無情な文字があるのみだった。