『月がきれい』1話 叫び出しそうにあるある! モヤモヤした中学生男子、電灯の紐でボクシング始めがち
2017.04.07
──文学好きの中学生男子と陸上部の中学生女子の、ほのかすぎる恋を描く。剣も魔法も無敵の主人公もメカもハーレムもないけど、それがいいんじゃない! 地味アニメが好きなライター・大山くまおが『月がきれい』全話レビュー。
■中学3年生男女のモヤモヤとフワフワを描く
中学3年で初めて同じクラスになった安曇小太郎(演:千葉翔也)と水野茜(演:小原好美)が、ふとした拍子にお互いを意識しあう。そしてモヤモヤしたり、フワフワしたりする。行き場のない感情がピークに達すると、中学生男子は電灯の紐ボクシングを始めるぞ!
「“キャラクターのドラマ”だけにスポットを当てたタイトルをやってみたい」
というフライングドッグ・南健プロデューサーの要望に対して
「『SF戦艦モノとか異能力モノしかできない』と思われるのもカチンと来る」
と岸誠二監督が真正面から応えた、原作なしのアニメオリジナルストーリーだ。南プロデューサーと岸監督はご存知『蒼き鋼のアルペジオ』シリーズのコンビ。
■クライマックスはドリンクバーと背中ポンポン
まず、舞台になっている埼玉の小江戸・川越の美しい風景だけでグッと来る。一番街の蔵造りの街並みに熊野神社の銭洗弁財天、桜の名所・新河岸川……。地元民によると、本川越駅前の描写も非常に正確らしい。川越はやきとんが名物だが今回は出てこなかった。
おおまかに言うと、すごいことは何も起こらないアニメだ。Aパートのクライマックスは、それぞれの家族と一緒にファミレスに来た小太郎と茜がドリンクバーですれ違うシーン。Bパートのクライマックスは、小太郎の汚れた背中を茜がポンポンとはたくシーンである。
でも、それは中学3年生の男女にはおおごとなのだ。知り合って間もない異性のクラスメイトに自分の親を見られてしまうなんて! 親同士が挨拶してしまうなんて! ちょっと意識していた女子に背中をポンポンされるなんて!
観ながら「ああああ」と変な声が出る。
脳の奥底でホコリを被っている中学時代の記憶に、ふっふっと息を吹きかけられているような感じ。でもそれはほんのりと優しく甘い感触。
■「なんかいいな」から「意識する」への変化
小太郎は小説家志望の男子。でも、彼はかなり古風で、ちゃんと原稿用紙に書いて出版社に封筒で送る。「小説家になろう」とか「カクヨム」とかは使わないし、スマホさえほとんど見ない。
中二っぽい文学かぶれ……というより、本当に本が好きなんだろう。
茜は陸上部に所属する女子。緊張しやすい性格で、学校と部活の名入りジャージを着て家族と一緒にファミレスに来るぐらい素朴な子。でも、世の中にそういう素朴な子はたくさんいると思う。
彼らが初めて同じクラスになり、初めてお互いを認識するところから物語は始まる。
ちょっとだけ視線を奪われるということは、「なんかいいな」と思った証拠。そこにサムシングが加わると「なんかいいな」は「意識する」に昇格する。『月はきれい』は、たぶんそんな微妙な変化をじっくりと描く話だと思う。
■太宰治、宮沢賢治、夏目漱石
小太郎が文学少年ということで、文学作品へのリファレンスが多い。どうやら小太郎は太宰治が好きらしく、
「生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか」
「幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか」
というのは、いずれも『斜陽』からの一節。古書店(!)で手に取るのは短編集の『女生徒』──「先生は、私の下着に、薔薇の花の刺繍のあることさえ、知らない」。
第1話サブタイトルの「春と修羅」(本)は宮沢賢治の詩の名前。
小太郎が古書店の息子・大輔(演:岩中睦樹)から借りたレコード(!)、はっぴいえんどの『はっぴいえんど』は文学作品からの影響が強く、ライナーには感謝を捧げる人物として宮沢賢治の名前も記されている。
そしてなにより、タイトルの「月がきれい」とは夏目漱石による「I Love You」の日本語訳だ。どうやら夏目漱石が本当にそう訳したのかどうかは藪の中らしいのだが、そのロマンティックで遠回りな感じが、中学生のウブな恋愛にぴったりだと思う。
今後のなりゆきを親戚のおじさん気分で見守りたい。
(文/大山くまお)