「姫乃たまの耳の痛い話」第28回

お店の中限定のアイドルから、ステージに立つ地下アイドルへ……抜け出せない世界でもがき続けるアイドルの現実

2015.07.05

――地下アイドルの“深海”で隙間産業を営む姫乃たまが、ちょっと“耳の痛〜い”業界事情をレポートします。

今回は、懸命に頑張った女の子の話です。

 彼女は最初に、秋葉原のとある店で働いていた理由を、「普通のバイトより時給が高いから」とか「アイドルに憧れがあった」という風に話していましたが、居場所を求めていたというのが実のところです。幼少の頃より、なんとなく保育園や学校での生活に慣れず、比較的、校則の緩やかな高校に進学した後も、その違和感が薄まることはありませんでした。

 そうして飛び込んだその店は、メイドブームに乗って一儲けするにはやや遅く、しかし、「アイドルとかメイドとか、それっぽい女の子を置いておけば、なんとかなるだろう」と信じて疑わない、水商売上がりの店長が経営していました。

 女の子たちは店内でのみ、「アイドル」というていで働きますが、特にアイドルらしい業務はなく、勤務内容はガールズバーと変わりありません。共有している制服は、女の子たちの笑顔と裏腹に汚れがひどく、バックヤードに貼られた注意書きは、丸文字とイラストで可愛く彩られているものの、書くまでもない常識的な内容が並んでいて、彼女の不安を煽ります。料金設定ばかり高く、客は何を求めて遊びに来ているのか、彼女には理解できませんでした。

 それでも彼女は、学校が終わると秋葉原に向かいました。街にはメイドが溢れていて、路上で客を引っ張り合っています。たいていが若い女の子で、彼女と同じ10代の子も多く、普通に制服を着ていた方が可愛がられるだろうに、メイド服や偽モノのセーラー服を身につけていました。しかし、そう思っている彼女も、端から見れば、その中のひとりなのです。

 ある日、いつものように路上に溢れるメイド達の間を、派手な若い男達が大声をあげて闊歩してきました。異様な空気にメイドたちは眉をひそめて道を空けましたが、あるメイドは社員からビラ配りの場所を厳密に決められているようで、その場を動けずにいました。男たちは彼女の前を通りかかるついでに、馬鹿にするようにからかい、ひとりが胸を触りましたが、声を上げる者はなく黙殺されました。男たちが去って、すぐに元通りになっていく路上を見ながら、彼女は自分の居場所がここではないことを、改めて受け入れるしかありませんでした。

 店で働く理由がお金にしか見出せなくなった頃、常連のアイドルファンから、店の女の子たちでアイドルグループを結成してはどうかと提案されました。出演できそうなライブも紹介してくれると言います。女の子たちは満更でもなさそうでしたし、何より店長も「店が有名になるかもしれない」と乗り気でした。アイドルになれるかもしれないと思うと、彼女の胸にも、忘れていた憧れが蘇ってくるようでした。それからは開店前や閉店後の店で、ライブに向けての練習が始まりました。狭い店内なので手足がぶつかり合うことも多かったですが、その度に意味のない笑い声が起きるほど、みんな浮き足立っていました。結果から言うと、ライブは大成功でした。

 店での人気はまずまずの彼女でしたが、ライブでの彼女はマイクが渡ると、明らかに観客の熱気が増しました。そうは言っても、彼女にだけ関係者からライブのオファーがかかったのは、誰にとっても予想外の出来事でした。そして、この成功が仇となり、彼女を取り巻く環境は、想像しうる最悪な形へと変化していきます。

 きっかけは、店でもっとも人気のある女の子が「つまんない」と言って、グループを脱退したことでした。立て続けに何人かの女の子も辞めていきましたが、店長は我関せずと彼女を贔屓するようになり、肩身はますます狭くなりました。何人かは彼女を露骨に嫌い、何人かは薄い媚びを売ってきました。陰で「ごり押しブス」と呼ばれているのも知っていました。それでも店長の贔屓は加速し、仲の良かった子たちも、居心地悪そうに離れていきました。

 しかし、ソロになった彼女のライブ活動が順調だったかというと、そうでもありません。あれから定期的に小規模なアイドルライブに出演していましたが、いつも観客は15人前後でしたし、興味のないアニメソングをカバーしているのも、うまく踊れない自分がアイドルだということも、よくわかりませんでした。もうどこにも彼女の居場所はなく、自分が何者なのかも、わからなくなっていました。

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