住みなれた街を出ていったのは、すずだけではない──映画『この世界の片隅に』と“のん”

2016.12.03

映画『この世界の片隅に』公式サイトより。

 能年玲奈がその名前を捨て“のん”として再出発してから約半年。正直、今でもその名前にはピンとこない。それはそうだろう。「能年玲奈」は彼女の本名、22年もの間彼女が生きてきた“居場所”なのである。

 東京に、11月としては54年ぶりだという大雪が降った日、彼女が主人公の声を演じたアニメ映画『この世界の片隅に』を観に行った。

 クラウドファンディングで資金を集め、また公開規模もそれほど大きくはなかったにもかかわらず、公開後話題となり、異例のヒットとなっているこの映画。物語の舞台は呉。太平洋戦争末期、広島から嫁いできた、すずの日常を描いた作品だ。

 実はこの映画を観るにあたり、一抹の不安があった。

 そもそも私は、戦争映画が苦手だ。残酷なシーンや、現代では想像できないような悲しいエピソードで、その悲惨さを訴えるのはわかりやすいけれど、どこか「反論を許さない」ようなスタンスに、疑問を感じていたからかもしれない。

 そしてもう一つ、能年玲奈が新しい居場所でのスタートとなったこの仕事で、どこまでの魅力が出せているのか心配でもあった。

 映画の冒頭、「昔から『ぼーっ』とした子だと言われていた」という主人公の語りを聞いたとき、その朴訥とした声と話し方が、すずにぴったり合っていることに驚いた。

 そしてそれは、まぎれもなく、『あまちゃん』(NHK)で聞き慣れた、能年玲奈の声、そのものだった。今回の映画で、彼女は声を作ったりはしていない。素の声が役柄と一体になっているのだ。

 日本には「言霊」という言葉がある。言葉に何らかの霊力が宿るという考え方だ。映画の中でののんの声からは、この言霊のようなものを感じた。

 それは、すずの置かれた環境と、のんの状況が似ているためではないかと思う。

 もちろん、時代も場所も違う。ただ、すずが住み慣れた街を離れて、一人呉にやってきたように、のんもまた、それまで所属していた事務所を離れ、そして何より「能年玲奈」という名前とも別れ、新たな居場所を求めた。そこで2人の境遇がシンクロする。

 新しい土地での生活、不安やとまどい、カルチャーショックもあるだろう。ただ、それらの、一見マイナスに思えるような事柄が、今回の映画に関してはプラスに働いている。

 主人公・すずが抱いたであろうそれらの感情が、のんの声を通してリアルに浮かび上がってくるのだ。

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