【劇場アニメレビュー】銀幕でこそ映えるモビルスーツアクションを極上の菊地ジャズとともに『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』

2016.06.25

『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』公式サイトより。

『機動戦士ガンダム サンダーボルト DECEMBER SKY』は、太田垣康男が2012年よりビッグコミックスペリオール(小学館)に連載中の、いわゆるガンダム・サーガの一環として発表され続けているマンガ作品の第1部を原作として、15年より制作・有料配信された全4話のwebアニメに、新規カットを加えて1本の作品にまとめあげたディレクターズカット版である。

 webアニメのほうはシリーズ初のネット配信作品ということで、スマホなどでいつでもどこでも手軽に見られる利便性を称える声もあれば、逆にテレビ放送などしてくれないのか云々といった要請もあがってはいたものだが、やはり長年の歴史を誇るガンダムゆえに、ファンの年齢層がどんどん幅広くなってきている分、小さなPCやスマホの画面ではなく、大きなTVモニター(出来れば映画館の大画面)でこそモビルスーツ戦をじっくり堪能したいと願う、私のようなガキ親父ファンもまだまだ多いようではある(もっとも最近はTVで配信作品も普通に見られるようになってはきているけど、時々画がフリーズしたりするのがかなりいらつく……)。

 一方では歌舞伎も落語もアイドルのイベントも何でも普通に映画館で中継され上映されるようになって久しい昨今のデジタルなご時世、ごく普通に劇場でのイベント上映を期待していた向きもあったのではないかと思われるが、それが叶って個人的にはどことなくうれしい気分ではある。

 本作品の舞台は『ファースト・ガンダム』こと『機動戦士ガンダム』第1作の舞台となった1年戦争の末期、そのクライマックスとなったア・バオア・クーの激戦を背景に、地球連邦軍のムーア同胞団とジオン共和国のリビングデッド師団がサンダーボルト宙域での制宙権をかけて死闘を展開していくというもの。

 このサンダーボルト宙域、もともとは地球連邦の旧サイド4“ムーア”がジオン軍の攻撃で破壊され、その残骸などが帯電して稲妻が閃くようになったことからつけられた宙域でもあり、そんなムーア市民の生き残りで結成されたイオ・フレミングらムーア同胞団には、何としても故郷を奪取したいという想いがある。

 一方、ジオン公国軍リビング・デッド師団のダリル・ローレンツは過去の戦闘で両足を失い、MSスナイパーとして従軍し続けているという設定だ。

 なるほど、1年戦争を戦っていたのはアムロ・レイたちではないということを知らしめる外伝的な作品はこれまでにも作られてきているが、今作はかなり非情なハードボイルド・タッチの画とストーリー展開が待ち構えており、特にダリルに待ち受けている試練はハンパではないものがあるのだが、そういった非情さを不思議なまでに本作独自の昂揚感に展示させてくれているのが、音楽である。

 ここではムーア同胞団のイオがジャズ好きで、戦場でもコックピットの中でジャズを聞きながら戦闘している。一方、リビング・デッド師団のダリルは、何とポップスを聞きながら戦闘。これらの音楽はそれぞれ撃破されていく敵が、その直前の接触通信で聞くことになるものだから、要はそれらの音楽が畏怖の対象になっているのだ。

 大胆不敵なイオのキャラクターに見合ったジャズの激しい調べ、対する五体不満足ながらも冷静沈着なダリルが好む戦場には似つかわしくないポップスが醸し出す対比は、本作最大の特徴とも言って過言ではなく、その意味では本作の音楽を担当した、ジャズはもとよりヒップホップやなどあらゆるジャンルの音楽に精通した実力派ミュージシャン兼作曲家である菊地成孔の功績は多大なものがあり、もはや彼の音楽を抜きにして『ガンダム サンダーボルト』は語れない! そう断言できるほどの優れものになっているのだ。

 そもそもガンダム・シリーズは総体的に、その戦闘スペクタクル性ゆえに映画館の銀幕大画面で見たほうが迫力を増すものではあるのだが、今回はさらに音楽の臨場感が効果的に伴っていくので、それこそスマホやPC、TVモニターよりも、やはり劇場の大画面こそがふさわしい、それこそ爆音上映で体感したくなるほどのものとなっている(立川シネマシティさん、いかがですか?)。

 また最近のガンダム・シリーズは『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』や『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』のように、最初に富野由悠季が築き上げたファースト・ガンダムから発展していった世界観の中で繰り広げられていく宇宙世紀シリーズと、毎回新たな世界観で作られ続けていくTVシリーズ作品と、大きく二分している感があるが(その伝では、前者も後者もすべてひっくるめたガンダム・シリーズすべてを“黒歴史”とみなした『∀(ターンエー)ガンダム』や、最近では後者の方向性で『ガンダム Gのレコンギスタ』を作った富野の柔軟かつ頑なな姿勢には感服するものがある)、本作は宇宙世紀シリーズの一環ではあるものの、従来の作品群とはテイストを大きく違えた新しさを魅力とする作品に仕上がっているのが実にうれしい。

 もはやマニアの域を超えて、ひとつの歴史学として認知されてもいいのではないかと思えるほどのガンダム・サーガではあるが、ここにまた新しいユニークな作品が誕生した。もはや勝敗の行方すら関係なく(そもそも1年戦争だから戦争そのものの結果はわかっているわけだし)、戦場における赤裸々な人間の叫びこそを、菊地音楽とともに劇場の大画面大音響で体験していただきたい。
(文・増當竜也)

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