山川直人『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』 絶対に紙で買うべき圧倒的存在感の単行本 

2015.11.29

 山川直人というマンガ家から受けるもっとも大きな印象。それは、心象風景を描き起こしたような詩的世界を丁寧に描き続けていることである。単行本(もちろん、同人誌)も、ずっと本棚の隅に並べて置いておきたい。年に何度かは必ず読み返したくなるからだ。

 オタクともサブカルとも異なる一種マニアックな作品。にもかかわらず、山川は「知る人ぞ知る」ではなく、大手・準大手にカテゴライズされる出版社からコンスタントに作品を発表している。その一方で、実用書挿絵などイラストレーターとしての仕事もしている。

 つまり、決して聖人君子のような立ち位置にいるのではなく市井の徒として生きながら内面の詩的世界をマンガという手段で表現しているのである。けっして「アート志向」というような評し方はしたくはない。掲載誌に合わせて内容には様々な意図を加えているとは思うけれど、時流に迎合することなく自分の世界を突き詰めている幸せなマンガ家といえるだろう。

 そんな山川の最新単行本が『一杯の珈琲から シリーズ小さな喫茶店』である。これは5巻まで出た『コーヒーもう一杯』(共にエンターブレイン)の続編に位置する短編集。作者自身のブログによれば、今作では連載時のタイトルを『小さな喫茶店』として、単行本ごとに『◯◯◯◯◯◯ シリーズ小さな喫茶店』と名付ける予定だという。このブログ記事の中で山川は次のように記している。

『コーヒーもう一杯』の単行本は1巻、2巻、3巻……としていましたが、各話独立した短篇の連載だったこともあり、一冊出すたびに新しい短篇集を編むつもりで、原稿に手を入れたり、連載時とは掲載順を替えたりしていました。


 ああ、なんと丁寧な描き手なのだろう。この人は、本の価値というものをものすごくよくわかっているのだ。単に連載したものを、まとめて印刷して閉じるだけでも単行本としては成立する。でも、さまざまなジャンルの作品が掲載された雑誌と単行本とでは、まったく受ける印象が違う。音楽に例えるなら、歌手がテレビやラジオの音楽番組とアルバムを発売する時と、まったく世間への送り出し方が違うのと一緒だ。そして、音楽でのアルバムに位置する単行本は読者が手に取った時の印象をも考えなければならない。とりわけ『コーヒーもう一杯』以来の単行本は文字通り「いい仕事してますね(少し軽いけど、ほかの言葉が思いつかない)」という印象。いや、何か人生で大切なものを教えてくれるような雰囲気が本全体から漂っている。

 これは、山川の作品の魅力だけだろうか。そうではない、装丁が見事なのだ。おそらく、編集者を中心とした装丁家とのディスカッションの中でベストなアイデアが導き出されているのだ。山川自身も、自身の作品を収録した単行本という新たな「作品」が読者の支持を受けているのが決して自分一人の力ではなく装丁家も含めた多くの人々の協力で成立していることをよくわかっているのだ。

 なにしろブログでの自著の紹介には

【装釘】セキネシンイチ制作室

 と、きちんと記している。とりわけ「釘」の字を使っているところにマンガ家からの装丁家へのリスペクトを感じる。

 内容はあえて論評するまでもない。とにかく、一度書店の棚で、この本の存在感を感じてもらいたい。

(文=昼間たかし http://t-hiruma.jp/

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