薔薇族だった時代 ~80年代からラグビーを撮影していた 第46回

2019.11.05

撮影:津田広樹

 ラグビーW杯2019 で、日本中が盛り上がっていた。私は、1988年からラグビーの撮影もしてきたので、日本ラグビーがここまで強くなったことに感銘を受けている。画像は、私がラグビー夏合宿を撮影したものだ。

 伊藤文學さんもラグビーW杯全試合をテレビ中継で観ていらして、私が電話すると「ラグビー観た?」と話題を振ってくださり、ラグビー談話を何度も堪能した。

  もう1枚の画像は、文學さんがとある方々に私の仕事の推薦状的な文書を喫茶店で書いてくださっているところだ。ありがたいことに、1982年に薔薇族カメラマンデビューし、若い読者層を増やすのに貢献した私を文學さんはいまでも認めてくれている。と同時にプライベートなトラブルや様々なことで失職した私を、心配もしてくださっている。生活の基盤が揺らいでいる私が安定した仕事が得られるように……と、文學さんの優しさからの行動だ。

「長年原稿用紙に原稿を書いているから原稿用紙が書きやすいんだよ、書き出すと必ず4枚書いてしまう、これは習性だね」

 そう言って紙に筆を走らせる文學さんの表情に、温かい父性を感じた。

 その推薦文もあり、有名風俗店の代表の方と会うことができた。とてもハートフルな男性で、私より五歳も若いのに才能ある素晴らしい人だった。まだ職を得るには至っていないが、文學さんが引き合わせてくれたご縁を大切にし、今後につなげられればと思っている。文學さん繋がりで名刺交換させてもらった方々はお優しい方ばかりだ。本当にありがたい。

 私が、薔薇族カラーグラビアを任されていた時代から全身全霊で撮り続けた他に類をみないスポーツマン画像を「津田広樹写真集・限定電子版」にしてシリーズ化している。下記の 津田・・・から始まるTwitterアカウントをクリックして是非とも見て頂きたい。

【津田広樹プロフィール】
 いわゆる80年代アイドル全盛の時代にスチール撮影のみならず、その多才さを認められてグッズ等の企画発案にまでもマルチな才能を発揮したキャリアをもちながら、あらたなる新天地として当時の有力ゲイ雑誌であった薔薇族の出版会社に編集部員として転身。その後もさらにその非凡なる才能の昇華は衰えを知らず、グラビアや企画ページ等にも幅ひろく手腕をふるい、多くの絶賛を得るまでにおよぶ。そして1996年にはゲイ業界初の試みであった3D写真集付き映像ビデオ、ジャック・リードを発売し世に送り出した。
 さらにオリジナル競パン付きDVDの発売など革新を起こし続けるも、無断配信に苛まれ、昨年に全ての映像ソフトのレーベルを手離す。しかし長年ににわたり不変的な価値観を持ち続ける津田広樹の世界観は色褪せることのなく、その真価を現在も世に問い続けている。 

津田広樹(薔薇族だった時代筆者)
@Wi08XKZE10Vb5rx

編集部オススメ記事

注目のインタビュー記事

人気記事ランキング

PICK UP ギャラリー