薔薇族の人びと ~住所も氏名も書かれていない作品――笹岡作治の『ああ、M検物語』

薔薇族の人びと ~住所も氏名も書かれていない作品の画像1画像提供:伊藤文學

 『くそみそテクニック』で人気となった、山川純一というペンネームは、ぼくが名付けたものだ。

 『薔薇族』は東販、日販などの大手の取次店(本の問屋)の雑誌仕入課に口座を開いてもらい、コード番号・雑誌07581を記入して全国の書店に配本することができた。

 北海道から沖縄までの書店の棚に並べられたが、各地のゲイの人たちが『薔薇族』を購入するのに、どれだけ苦労したことか。

 今まで自分の性癖を隠して暮らしていた人たちにとって『薔薇族』の創刊は、驚ろきとともに、仲間が多くいることを知って、心のいやしになったに違いない。

 地方に住みゲイをテーマにした小説を書いていた人たちも、発表する場がなかった。どれだけうっ屈した気持ちをもって暮らしていたことか。号を重ねるごとに編集部に自作の小説が次から次へと送られてきた。

 小説は書けなくても体験談や、悩みごとなどを発表する頁も作ったので、中学生、高校生までも手紙を送ってくれた。

 その中に九州の福岡の消印を押された、原稿用紙でなく、白い紙にびっしりと書かれた小説があった。SMをテーマにしたものだった。

 『薔薇族』の初期の頃はこの人だけでなく、ほとんどの人が住所、氏名も書かれていない。ぼくはこの人のペンネームを笹岡作治と名付けた。泥くさい名前の方が、この人の作品に合っていると思ったからだ。この人だけでなく、ぼくは何人もの人のペンネームを考えた。

 最初に送られてきた原稿を誌上に載せたのは、創刊して2年後のNo12、昭和48年(1973年)の7月号で「ああ、M検物語」という作品だった。おそらくご自分の軍隊時代の体験を書かれたものだ。

 「M検」なんて聞きなれない文字、ほとんど「M」は「魔羅」(まら)の頭をとったMで、これは仏教用語の梵語(ぼんご)で、男の陰茎のことだ。それは僧侶の使う隠語だと、辞書の『広辞苑』に記されている。

 女好きの男は、女性のオッパイに魅力を感じる人が絶対的に多いと思うが、同性愛の人の最大の関心事は、相手のオチンチンなのだ。

 創刊の頃、『薔薇族』のよき協力者だった間宮浩さんに連れられて、神宮外苑の森の中のゲイの人たちが集まるハッテン場に、こわごわ入ったことがあった。

 外灯の光がまったくとどかない、まっ暗闇の世界で、煙草の火だけが、かすかにぼおっと見えるだけのところに、木にもたれて男たちが何十人と立っているではないか。

 顔もよく見えないのに、どうやって好みの男を探し出すのか、それは木にもたれている男の背後に立って、相手のオチンチンをぐっと握り、その感触で相手を知るようだ。
(文=伊藤文學)

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