華山みおの物語探索 その66

『アルキメデスの大戦』数学で戦争を止めようとした男がいた…しかしなぜ戦争は止められなかったのか!?

2019.08.09

 今回は、山崎貴監督の映画『アルキメデスの大戦』をレビューします。

 日本と欧米の対立が激化の一途を辿っていた第二次世界大戦前の昭和8年…。日本帝国海軍の上層部は超大型戦艦「大和」の建造計画に大きな期待を寄せていた。そこに待ったをかけたのは、海軍少将・山本五十六。山本はこれからの戦いに必要なのは航空母艦だと進言するが、世界に誇れる壮大さこそ必要だと考える上層部は、戦艦「大和」の建造を支持。危機を感じた山本は、天才数学者・櫂直(菅田将暉)を海軍に招き入れる。櫂の数学的能力で、「戦艦大和」建設にかかる莫大な費用を試算し、その裏に隠された不正を暴くことで計画を打ち崩そうと考えたのだ。軍艦の増強に際限なく金が注がれ、やがて欧米との全面戦争へと発展してしまう。

 2019年、8月。終戦から74年目。節目でもなんでもないかもしれないけれど、忘れたり風化させてはいけない記憶。第二次世界大戦という未だ日本にも大きな爪痕を残す戦争。この戦争を取り扱った映画は数知れず、戦場での決死の闘い・戦時中の困難・戦争によって巻き起こる人間ドラマ、生き抜いた人たちの回顧録など戦争にまつわる辛く苦しい体験を描いた作品が大多数を占めている中、この『アルキメデス大戦』は全く違う角度から戦争を切り取った映画として上映されました。

 見終わった後「凄かった……」とつぶやきながら映画館を出てしまうくらいに色々と衝撃的でした。菅田将暉さん目当てで映画館に足を運ぶのでもいいです。『艦これ』が好きだからっていう理由もいいでしょう。とにかくこの映画を、この時期に、映画館で観てもらいたいのです。特に戦争を知らない世代の人たちは、いままで「辛い・苦しい・重たい・悲しい・悲惨」という戦争映画ばかりを観て、ある程度の固まったイメージが出来上がっていると思いますが、それを変える可能性のある作品です。

 私も戦争について多くのことを知っているわけではありません。絶対に起こって欲しくない出来事であり、繰り返してはいけない過去の愚行だと思っていますが、教科書に載っている知識以外はフィクションの中の映画や本から得た知識ばかりで占められています。この映画も史実から着想を得たフィクションです。だけどこの物語で描写される大和の存在感、そしてキャラクター達の言葉一つ一つの説得力が強くこういった出来事が、実際に起こっていたのではと思わされるに十分な力を持っていました。

 それはもしかしたら、今後何か道を間違えて、また世界が「戦争」という道を選ぶときが来た時に、起こりうるワンシーンなのかもしれないのです。

 数学の天才で美しいものを見ると測らずにはいられないという若干変態性を持った菅田将暉演じる櫂直。スクリーンではキレイな変態だなーくらいの感想であり、彼がこの後に見せる怪物的行動は影すら出ていなかったのですが、物語が進むにつれて、柄本佑演じる田中正二郎と同じようにどんどん彼に魅せられていきます。

 「この計画を止めないと戦争が起こってしまう」という言葉に大嫌いだった海軍入りを決め、極小の味方と自身の頭脳だけを頼りに渡りあっていく彼が出した答え。そして史実として起こっている戦争。この大きな矛盾に通じていくシーンが、ラストに用意されています。櫂が数学の力を使って必死に証明しようとするシーンと、それを朗々と説く会議シーンがこの映画の最大の見せ場です。

 そう、この物語の闘いは頭脳戦がメインなので、戦争映画につきものの銃弾戦や特攻シーンなどはほぼ皆無。激しい舌戦が会議室で行われるのです。シリアスを極めるこの舌戦も、最中にどこか笑いが漏れてしまう部分もあり、血の通った私たちと同じような複数人の人間が「戦争」という大きな決定を下すのだという事を教えてくれます。

 こんなにも必死で戦争を起こさないために戦ったのに、なぜ戦争は起こったのか。そして映画冒頭に描かれる壮絶な戦艦大和沈没の瞬間を描く5分間。この5分がなぜ起こったのか。その引き金を引いたのは誰なのか。ラストまで見ると、この冒頭のシーンの凄惨さがさらに凄みを増す仕組みになっている。

 菅田将暉さんは言わずもがな、出演されている役者さんたちは一癖もふたくせもある怪物のような方たちばかり。その中でも田中泯演じる平山忠道がすごかった。櫂と平山のあのシーンのためだけに1900円払っても惜しくないほどでした。

 戦争映画って暗そうだし面白くなさそう、などと敬遠はしないでください。面白がっていい題材ではないかもしれません、がエンタメ性も十分なこの映画をぜひ2019年の夏の今、映画館で観てもらいたいです。
(文=華山みお)

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