【再掲】

オタク票呼びかけた自民・山田太郎議員がついに当選! 前回参院選を振り返る

「明日、日本のマンガ・アニメ・ゲームがどうなるか決まるんですよ!」

「明日、日本のマンガ・アニメ・ゲーム・二次創作が散ってしまうのか。まだ、時間はあります! 拡散してください!」

 瞬く間に山田の演説は絶叫に変わっていた。

「ここでやめるわけには、いかないんです!」

 気がつくと、山田は、最初は雨を避けるためにさしていた傘をかなぐり捨てて絶叫していた。山田は幾度となく「ここでやめるわけには、いかないんです!」と、繰り返した。

「オタクのパワーを見せてやろう。なんとしても戦わなくてはならない、このタイミングを失えば次はない。私はぁッ! のうのうと議員の仕事をするつもりはないッ!!」

 昼過ぎになると、雨はすっかり止んでいた。それと共に、次第に山田の演説を聞くためにやってくる人の姿は増えてきた。日没が近くなると、その数はさらに膨れあがり300人を越そうとしていた。

 山田が道路を挟んで背にしていた、ソフマップモバイル館にはアニメ『甲鉄城のカバネリ』の壁広告があった。そこには、こんなキャッチコピーが記されていた。

 貫け、鋼の心を

 山田は、何か偶然を超越した引きの強さを持っているのではないか。もしかしたら、山田は、危うい勝ちを拾って当選へと至るのではないかと思った。

 夕ぐれと共に輝く街の灯。オレンジがかった光に照らされる聴衆。刻々と迫ってくる選挙戦の終了時間。

 それと共に、山田はいつもの冷静さをかなぐり捨てて、右手を振り声を枯らした。少し離れた、秋葉原駅前の広場であ、自民党が安倍首相を迎えて大勢を集めていた。聞こえてくる、その音が山田の剣をさらに鋭くした。

「なんとしても戦わなければなりませんっ!! このタイミングを失えば次はない。オリンピックまでに浄化されたら、お終いなんだよよぉおお!!」

「マンガ・アニメ・ゲームを今までどおり楽しめる秋葉原をおおおお!」

 いつもは早口ながら、あくまで理屈で責めるのが山田の話法である。けれども、この時ばかりは、山田には理屈も何もなかった。ただひたすらに、聴衆の感情に訴えかけるように叫び続けていた。

 いつもの、まず自分の成果を提示して「私だからこそできた」と、ビジネスマンならではの「自分売り」を欠かさない話法はどこにもなかった。

 乱暴で、荒削りで、感情をむき出しにして、山田は何かに取り憑かれたかのように叫んでいた。その荒削りな魂の叫び。危機感を煽るデマゴーグのような絶叫。その姿は、おおよそ、普段の山田ならば、よしとしないであろうものであった。

 こんな煽り立てるような演説は、やり過ぎではないのだろうかと思った。けれども、聴衆のほうを見ると、誰も山田の話を疑ったりすることなく、じっと耳を傾けていた。

 ビジネスでいえば、投資というよりは投機のような出馬。多くのオタクから支持を受けるかと思えば、ネットでエゴサーチすれば、ついついネガティブな意見ばかりが眼についてしまう。集まるオタクたちも、作業には熱心だが熱量は低い。あちこちに、自分に見切りを付けようとしている人たちもいる。そんなものに対する、ぐちゃぐちゃな悔しさの気持ちが、祭りの最終日になってドッと噴き出しているように見えた。

 午後8時。選挙戦は終わった。長時間、演説を続けた疲労を自覚しているのだろう。選挙カーのハシゴを、山田は注意深く一段一段降りた。ふうっと、息をして俯いた山田だが、まだ安堵の表情は見せていなかった。

 運動員たちは、選挙カーに積まれていた選挙用ポスターの入った段ボールを取り出すと、聴衆の中に入り配り始めた。山田も、すぐにそこに加わった。

「持ってって、持ってって~」

 両手に、余ったポスターを抱えて、山田はポスターを配っていた。そして、今までになく力をこめて右手を振って「ありがとう」の言葉を繰り返した。幾度も拍手と歓声が起こった。次第に山田の顔は、一つの大きな仕事を終えた安堵と疲労とを見せていった。

■開票速報のどうしようもない時間

 日がかわって、開票日。きっと徹夜の取材になるだろうと思い、台所に立っておにぎらずをつくった。ふと、途中で思いついて、もう一度米を5合炊いて、どっさりをつくることにした。

 午後6時過ぎ、事務所にいってみると、まだ静まりかえっていた。選挙速報を見ながら行う予定のニコ生に、大勢の人が集まるだろうと椅子が並べられていた。早々とコンセントのに近い席を押さえてから、近くにあるセガフレードで、ルンゴにホイップクリームと、ショットでグラッパ。煙草を3本ほど飲んで事務所に戻った。なかなか、人が集まっては来なかった。

 午後7時頃になって、ようやくちらほらと人がやってきた。山田はパーテーションの奥で、身体を休めていた。前夜、打ち上げをした運動員たちも疲れた表情で椅子に腰掛けていた。まだ、安堵はまったくなかった。

 テレビ局各社が一斉に選挙特番を始める午後8時。山田のニコ生はスタートした。まだ客席には20人ほどが集まっているだけだった。選挙特番開始早々の話題は、自公の過半数獲得。そして、各選挙区の行方であった。各地の開票は、まず選挙区から行われる。比例区の開票が始まるのは、そのあと。おそらくは日が変わる頃になってからだろうとされていた。時間はたっぷりあった。

 山田は、自分から積極的にしゃべるでもなく、ニコ生のコメント欄に寄せられた言葉に返答をしていた。事務所には、まったく緊張感はなく、むしろだらけていた。結果が海の物とも山の物ともつかない中で、どのような緊張感を持てばよいのか、誰もわからなかった。ただ、山田は刹那に不安げな顔をしていた。運動員も、次第に集まってきた支持者も、ずっとこのような時間を過ごさなければならないのかと気づき、どこか焦点の定まらない眼をしていた。

 ニコ生の画面に、次から次へと流れていく、意味のないコメントや質問を拾っては、山田は、言葉を紡いでいた。気持ちは入っておらず、ただ反射的に答えを返しているだけで、うわの空だった。隣に司会役として座っている坂井の言葉も耳を素通りしていた。

 山田の頭の中では、様々な想いが、ぐるぐると巡っていた……。

 大勢の人々の信頼を裏切らないために、半ば意地で出た選挙戦。それは、ビジネスマンの立場からいえば、まったくの失敗であった。損切りをするタイミングも失い、これまでの経営で蓄えた貯金の大部分を放出した。生活に困らない額が残っているとはいえ、一生暮らせるほどの額ではない。

 また、実業の世界へと戻って、どのように生きていこうか。いやいや、落選した自分に世間は、どのような眼を向けるのだろうか。みんな「残念でしたね」「惜しかったですね」とお仕着せの言葉で声をかけてくれるかも知れない。

 けれども、落選した自分が、また何かをやろうと決意した時はどうだ。再び信頼を得て、今までやってきたようなことを継続することができるのだろうか。次に何かをやるにしても、その前に片付けなければならない雑事は山のようにある。選挙を手伝ってくれた運動員にお礼を述べて、支持者にお礼を述べて。いや、その前に、結果が決まった時に、この場でどのような敗戦の弁を述べればよいのだろうか。落選は、前回の選挙でも味わっている。あの時は、みんなの党に請われて出馬した。一種、お客さんのような立場でもよかった。でも、今回は違う。

 様々な思惑があるとはいえ、自分に一票を託してくれた人ばかりなのだ。目論見が裏切られた時に、その人たち、今、目の前に座っているオタクの人たちも、どういう目線を向けるだろうか。ちょっとでも業績が下がれば、手のひらを返したかのように罵詈雑言をぶつけてきた株主のような振る舞いをするのだろうか。壁に貼られた、為書きのかわりの支持者たちのイラストやメッセージも、今は見ているだけで、心が痛くなってくる。でも、本当はこれで議員生活を終わったりはしたくない。まだまだ、やりたいことは山のようにある。自分なら必ずやり遂げることができるアイデアは尽きることがない。

 ビジネスとはまったく違う政治の世界だけれども、自分だからこそできることがある。そして、手応えも感じている。結果がどうなるのか、今は考えたくもない。ただ、もし出来ることなら、なんとか当選をしたい。新党改革が獲得できたとして1議席……きっと、自分は荒井さんよりも得票できる。荒井さんを蹴落としてでも、なんとか当選したい。昨日は、我を忘れて感情のままにマイクを通して話してしまったけれども、あれが自分の本心だ。これまでも、自分の思い描いた夢を実現するために、あれこれと策を講じて成功してきたじゃないか。だから、必ず……今回も上手くいく……。

 私の目には、山田はずっと煩悶しているように見えていた。

 午後9時45分になり、一部のメディアで新党改革が当選者ゼロを報じた。途端にTwitterには、山田が落選したとツイートする気の早い人々が現れた。

「まだ開票はほとんど開いてませんから。最初から、わかるのは夜中の2時……4時を過ぎてからだと思っていたので」

 山田の言葉はなんの安堵も与えなかった。望みが薄いのはわかっている。でも、落胆することも、喜ぶこともできず中途半端なままに過ごさなくてはならない時間は、まだまだ続きそうだった。誰にとっても苦痛な時間だった。

 この、どうしようもない雰囲気に耐えられず私はノートパソコンを開いて、ゲーム『艦隊これくしょん -艦これ-』を起動した。気を紛らわそうとしたつもりが、それもまたうわの空で、プレイを誤り大切な艦娘を轟沈させしまった。

 ノートパソコンを閉じると、ニコ生はダラダラと続いていた。話は、いっそうわけのわからないものになった。

 山田は、隣に座っている坂井が「ももいろクローバーZ」の玉井詩織のファンであるとか、半ばどうでもよいことを話して場を繋いでいた。場を和ませようという気遣いだったのかも知れないが、誰も笑いもしなかった。

 とりわけ、多くの支持者が座っているのはパイプ椅子である。2時間も座っていれば、お尻が痛くなってたまらない。だらしなく足を投げ出したり、背伸びをしたり。外に煙草を吸いにいったり、コンビニでお菓子を買ってきたりして、無為な時間を過ごしていた。

 午後10時40分になって、山田の妻と娘がやってきた。2人は、支持者に会釈をすると、パーテーションの奥へと入っていった。ただ、それだけでまったく空気感は変わらなかった。どうにか時間をやり過ごそうと、山田のトークは、いつもの早口になっていた。話していることは、それまで山田が幾度も話していたことばかりで、目新しいことは何もなかった。未来を語ることも、過去を悔やむこともできない時間だった。ニコ生の視聴者数だけは積み上がって、累計2万人を超えようとしていた。

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