【再掲】

オタク票呼びかけた自民・山田太郎議員がついに当選! 前回参院選を振り返る

■空々しい言葉を繋ぐニコ生のゲストも

 選挙戦中盤の6月30日、別件の取材を終え夜の街を歩いていると、ある大手同人誌即売会の幹部から着信があった。

「なあ、赤松健のTwitterを見たか?」

 赤松健は、『ラブひな』などで知られる売れっ子のマンガ家だ。その知名度を生かして「マンガ・アニメの表現の自由」のみならず、著作権をめぐる問題など、方々に識者として顔を出し、与野党とも密接な関係をつくっている人物であった。

 ちょうど、その夜は山田のニコ生に、赤松がゲストとして呼ばれると聞いていた。電話しながら、Twitterを見てみると、その日赤松は、こんなツイートをしていた。

<【参院選】私はこれといった支持政党がありません。そこで、漫画やアニメを表現規制から守るために便宜を図って下さった先生方を、政党の区別無く応援しています。>

 自民党にもコネクションを持っている赤松は、山田のニコ生に出演するにあたって、まず逃げ道をつくっていた。それと同時に「マンガ・アニメの表現の自由」を守ろうと主張するオタクたちの心象を的確に表現している文章に見えた。

 別に、山田でなくてもよい。以前から、見え隠れしていたものが、噴き出しているのを感じた。……自分たちの読んで楽しんでいるマンガやアニメの表現の自由を守ってくれさえすればよいのだ。

 オタクに限らず、何か現状を守りたいとか、メンテナンスしたいと考えて運動に参加したり、政治家を支援している人々が、素朴に持ち得るズルさ……。自分たちの目標なり、利益が達成されるのがすべてであり、ほかの課題はどうなろうとも構わない。そんな、ごく当たり前に存在する偏狭な心情は、選挙戦の最中にどんどんと噴き上がり、もう山田では当選の見込みもないから、タイミングを見計らって、見切りをつけようというものに変わろうとしていたのだ。

「なんで、いっせいに守りに入っているんでしょうね」

 電話の向こうの相手に、そんな疑問をぶつけられた。帰宅してから、後追いで赤松の出演するニコ生を観た。

「大活躍でしたね」

「こういう便利な人がいなくなると困るんですよ」

「今、好き勝手描けてるのはいろんな人の努力があった。特にこの人とか」

 自身がオビの推薦文を書いた山田の著書『「表現の自由」の守り方』を示しながら、赤松は熱弁を振るって山田を持ち上げていた。本のオビにはこう書かれていた。

 君は知っているか?
 コミケを救った英雄を。

 山田と坂井に挟まれて、真ん中に座っている赤松は、どこか落ち着きがなかった。しゃべっている言葉も、お仕着せのものばかりで、上すべりしているように聞こえた。隣に座る山田との間には、見えない壁のようなものがあった。

 いつもは、悠然としているはずの山田のほうが、やけに気を使っている瞬間が何度もあった。選挙戦半ばにして、山田では、まったくダメだという風潮が出てきていた。とりわけTwitterなどでは、率直で口汚い山田を批判する言葉も増えていた。山田は経営者の才覚ゆえか、そうした「ネガティブキャンペーン」を逆手にとって、危機感を煽り支持を訴えていた。

 でも、それはあくまで手段。わずかな望みを掛けて、必死に選挙を戦っている中で、早々と手のひらを返したかのように、批判の言葉を連ねる人々に冷静でいられるはずもなかった。

 そんな最中に、掲げる旗を、旗色のよいほうに変えることを公言しているような人物が隣に座って、お追従をまくしたてている。どんなに冷静で頭脳明晰な人物であっても、それで平常心を保てというほうが、無理な話である。後日、坂井に率直に番組の感想を述べてみた。

「赤松さん、山田さんを応援するといっている割には何もやっていないじゃないですか。Twitterにも書かないし、今後のことは自民党に賭けているんじゃあないですか?」

「え、え……、えーっと……超ノリノリでしたよ」

 坂井は少し焦ったように答えた。このニコ生の翌日あたりから、ガクンと山田は疲労感を増した姿を見せるようになった。一般的な候補者と違い、朝から晩まで選挙区を声を張り上げて回るわけではない。それでも、山田は極度に疲労して、時折、不機嫌な顔を見せるようになっていた。

■早朝から繰り返してしまうエゴサーチ

「最近、朝は4時か5時に目が覚めてしまい、エゴサーチをしてしまうんです……」

 早朝から目を覚まして、布団にもぐったままスマホを手にしている山田の姿が目に浮かんだ。

 それは、こういう光景だ……。

 スマホのTwitterアプリを起動する。通知欄には、リツイートされた数やリプライが表示される。そこには、応援の言葉もあれば自分勝手な意見や非難の言葉も同列に表示される。応援の言葉は、もう心に響かない。例え100の応援の言葉があっても、ひとつやふたつの批判の言葉に、ついつい心が揺らいでしまうのだ。なんて、愚かなヤツなのだろう……人の意見をちゃんと聞け……と思いながらも、ついつい、どこの誰ともわからぬ愚か者のアイコンをクリックして、いったい何者なのだと、プロフィール欄をチェックしてしまう。そのアカウントをフォローしている、共通の知り合いのユーザーなんかがいたりすれば、余計に心がざわめく。

 なんらかの繋がりのあるかも知れない相手を、なぜ理解しようともせずに非難することができるのか。消化できない気持ちが募り、幾度も画面を指でスワイプして無駄な時間を過ごしてしまう。検索欄で自分の名前を検索すれば、また繰り返しだ。賞讃と非難とが渾然一体となって表示される。

 自分のことを取り上げてくれたネットメディアが、記事のリンクを掲載しているツイートも目にする。リツイートの数は昨日よりも増えているだろうか。嬉しい言葉をツイートしてくれる人の数に比べて、まだまだ期日前投票に行ったというツイートの数は少ない。本当に、みんな投票日には自分の名前を書いてくれるのだろうか。

 そう、比例区は、政党名ではなく山田太郎と名前を書いてくれなくては、自分の得票にはならない。何度も何度も、そのことを告知している。それを、リツイートしたり自分の言葉でツイートしてくれている人もいる。ニコ生でも繰り返しし呼びかけている。それでも、いざ投票する時に「新党改革」と書いてしまう人もいるのではなかろうか。もっと……もっと告知をしなければ不安だ。

 画面をスワイプする指が止まらない。できる限りの手は打っている。だったら、今から出来ることはなんだろうか。演説で何を話せばよいのか。話したいことはいくらでもある。いつも、ニコ生でゲストがいても自分がしゃべりすぎだとか指摘される。実にその通り。自分がしゃべりすぎてるのはわかっているのだけれど、話したいこと、訴えたいことは山のようにあるのだ。

 考えれば考えるほど、もっと訴えたいことが、ゴウゴウと音を立てて湧き出してくる。けれども、限られたニコ生の時間でそれを説明するのは困難である。専門家とか事情通に訴えるのではなく、まったく自分の掲げているテーマに関心のない人にも伝わるように、言葉を選んで訴えなくてはいけない。そのためには、どうしても言葉は冗長になるし、時間はまったく足りない。すっかりと眼は覚めてしまい、ついほかの候補者のTwitterもチェックしているうちに、初夏の東の空は白々と輝き初めていく……。

■疲労と共に切れ味を増す街頭演説

 深夜に帰宅しても、夜明け前には目が覚めてしまう日々。演説とニコ生の疲れを過食で慰める。抜けきれない疲労を抱えれば抱えるほど、山田の演説は、今までと違う切れ味を見せるようになっていた。次第に、近寄るすべてをたたき切る。迷いのない暗剣のような危なさのある切れ味を見せるようになっていた。

 こうして迎えた7月9日、選挙戦の最終日。

 その日は、朝から小雨が降っていた。午前9時過ぎ、まだ店も開いていない、人通りの少ない秋葉原の街を抜けて事務所に向かうと、今野が一人で椅子を並べていた。その日は、朝から夜までぶっ通して街頭演説をやると告知されていたので、どうしたのかと聞いた。すると、今野は天気が悪いので、ここでやることにして、選挙カーだけに回ってもらっているところだと、いった。

 なるほどと椅子に座って待っていると、山田がやってきた。

 入って来るなり、山田は不機嫌そうな顔になった。

「これはどうしたの?」

「天気も悪いから、ここでやることにして……」

 今野も山田の不機嫌そうな顔を見て、何かを感じ取って、顔をこわばらせた。

「意味ないじゃん」

 ふうっと、ため息をついて山田は、どさっと椅子に腰掛けた。足を投げ出すようにして座り、いっそう不機嫌そうな顔をした。

「ここでやっても、意味ないじゃん。ネットでやるの? やらないんなら、なんも意味ないじゃん」

「じゃあ、すぐに呼び戻して……」

 やっちまったなという顔をして、今野はすぐに携帯電話で、選挙カーに変更を告げた。

 こうして、小雨のパラつく中で、選挙戦最終日の演説が始まった。しばらく不機嫌そうな顔をしていた山田は、選挙カーの上に昇り、マイクを手にした途端、パッと表情を切り替えた。

「アニメイトに来ているみなさーん」

 こうして始まった最終日の第一声。選挙カーを乗り付けたのは、ヴェルサール秋葉原の前。そこで、雨をしのぎながら山田の様子をずっと見ていた。朝から、演説に駆けつける者の姿は少なかった。ヴェルサール秋葉原の屋根の下には、グッズの交換会をやっている女性たちのグループがいくつもあった。

「××さんですか? DMしたものですけど……」

「あ、○○さんですね。こんにちは」

 ネットで知り合った、知らぬ者同士が互いに余剰のグッズを交換して、ほくほく顔をしている。そんな彼女らには、山田の演説は届いていないようだった。目の前にある見えない壁。打ち砕こうとしても、容易には壊れない壁。それが、山田の演説をいっそう尖ったものへと変貌させていた。残された数時間で、壁を打ち砕く勢いで。

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