【再掲】

オタク票呼びかけた自民・山田太郎議員がついに当選! 前回参院選を振り返る

■「表現の自由」を訴えても、用済みになれば捨てられる

 それは、昨年、参院選も終盤になった7月8日の金曜日の夜のことであった。8時までの演説が終わり、山田の選挙事務所には、山田が選挙中には毎日行っていたニコニコ生放送を見ようと大勢の人々が集まっていた。向かいの公園にある喫煙所で、一服しようと外に出た私は、電信柱の横で女性と親しそうに話している西形公一の姿を見つけた。

 西形は、90年代から「マンガ・アニメの表現の自由」を守る運動に参画している古株で「エンターテイメント表現の自由の会」には、機関誌の副編集長として名を連ねている。池袋の繁華街で家業の焼き鳥屋を手伝いつつ、運動に参加している西形の活動の今後も、山田氏の去就で決まるのではないか。そう思った私は、2人のに近寄って尋ねた。

「なあ、山田が落選したらどうするんだい?」

 すると西形のかわりに、傍にいた女性が身を乗り出すようにして、勝ち誇った顔をして、

「ほかに担ぐ神輿も探してますから!」

 というので、私は驚いた。この女性が何者かまったく知らなかった。事務所に何度か西形と一緒に尋ねて来ている姿を見ただけ。何かの時に、横で都の教育庁に勤めているという話をしているのを聞いた程度であった。なぜ、この女性はそこまで強気な発言はできるのだろうかと思った。でも、私は女性にではなく西形に尋ねた。

「今から、ハシゴを外しにかかってるの?」

「だって、うちは消費者団体ですから」

 西形は、自信ありげに笑みを浮かべながら答えた。理由はわからないが、触れてはならない、禍々しいものを感じて、私はその場を離れた。この西形という男は、90年代に「マンガ・アニメの表現の自由」を守る市民団体「マンガ防衛同盟」を立ち上げた、いわば界隈の古参である。そして、毀誉褒貶の激しい人物でもある。古くから、この男を知る人は、西形がいるから「エンターテイメント表現の自由の会」は相手にしてはダメなのだとも口にする。私は、そこまで酷い人物なのか、今ひとつ判断に迷っていたが、ようやく、この男の本質が見えた。

 西形自身、かつては政治家を志し、1999年には青梅市議選に立候補して落選した。にもかかわらず、元妻のほうは2001年の小平市議選に当選。一時は、海外へ移住し新天地を求めるも、結局は家業を継いでいる。そんな人生の道程で鬱屈した何かを抱えたのだろうか。自身の思いのままの結果が、そんなさもしいものだとしたら、とても悲しいことだと思った。

 実は、この事件よりも前に、選挙事務所に手伝いに来ていた会のメンバーの男性に同様のことを聞いてみたら、西形と同じような顔をして「ほかを探しますよ?」と返される体験をしていたからだ。選挙事務所に集い、支持者のような顔をしておきながら、腹では、二心を持って自分の信者を集めている。いざとなれば、沈む船からはさっさと逃げ出す算段を話し合っているのだろうか、と思った。

 仮にも会を取り仕切っている坂井は山田の秘書である。秘書が仕切りながら、なぜこのような偽りの支持者ばかりを集めているのか。事務所に戻って、坂井に、ついさっきあった出来事を述べた。

「代わりがいないんだよ……」

 坂井は、寂しそうに下を向くだけで、西形を問いただそうとはしなかった。フリーでコンサルタント業を営んでいた坂井は、山田が最初に出馬する時に請われて「選挙の期間中だけでよいのか」と勘違いして秘書になった。

 秘書としての坂井は優秀である。山田が何かのアイデアを思いつくと、パワーポイントを使ってすぐに人に見せることができる形にまとめたりして、何を任せてもそつがない。そんな坂井は京都大学を卒業後、一度は大手銀行に就職したが、そこで与えられた業務に嫌気がさして退職し、コンサルタント業の世界に入った。

 銀行を辞めたのは、業務とはいえ顧客にとって役に立ちそうもないサービスを販売するノルマを強いられ、良心が耐えられなかったからだ。

「コンサルは、自分の責任でクライアントとの関係だけでできるのがいい」

 そんな一言に、坂井の人となりが、すべて含まれている。

 私がインタビューの中で、山田に腹が立たないのか尋ねたのは、顔もわからない一人の有権者ではなく、いわば身内ともいえるような距離に、腹に一物を抱えた人物が混じっていることであった。私の左側に少し離れていた坂井は、この話題を出した途端に、何か仕事を思い出したとばかりに、山田の背後にある自分のデスクに戻っていった。そこに坂井の本質的な優しさが見えた。

 そして、山田の「腹が立たない」という言葉にも、まったくウソがないように見えた。

 山田が腹が立てないのか、不思議になること……参院選の後にはこんなこともあった。

 昨年の10月、私も所属している出版労連が主催する出版研究集会。その中で「出版の自由分科会」が開催された日のことである。

 会場の出版労連が入居するビルの前で、携帯灰皿を取り出して煙草を吸っていると「表現の自由」を守る講演会などを企画するNPO「うぐいすリボン」の理事・荻野幸太郎がやってきた。

 荻野は国内外の「表現の自由」に関する知識人と関係を築き、オタクの意志を現実的な政策に反映させようと、様々な政治家に働きかける「ロビイスト」である。

 なんとはなしに、世間話をしていると荻野が、笑いながらこんなことをいった。

「8月に松浦さんが山田さんところに就職の相談とかで挨拶に来たんだけどさあ。山田さんが『あいつ、もうダメだなあ】っていってたんだよ」

 松浦とは、昨年の参院選に秋田選挙区から出馬した民主党の松浦大悟のことである。松浦は、もとは秋田放送のアナウンサーで、03年のイラク戦争の最中、夕方のニュース番組でキー局が流す戦争報道に我慢できず「これは、アメリカ寄りの視点である」と発言し左遷された気骨のある人物だ。失意の彼は、請われて07年の参院選に無所属で出馬し当選。

 その後、民主党に入党し県連代表の任された。何よりも、サブカルチャーへの造詣が深く、オタクの味方をしてくれる議員の一人として活動していた。しかし、13年、16年と続けて落選。二度の落選をみて民進党は県連代表まで務めた松浦を、用済みとばかりに放り出した。当選直後に知り合って以来、長らく友達付き合いをしてきた私は、様々な策謀が渦巻く田舎政治の中での松浦の苦労を知っていた。

 だから、一個の人間を使い倒した挙げ句に裸で放り出す民進党という組織の汚さに、私は、腹立ちを覚えていた。

 そうした事情を知っているにもかかわらず、非情な言葉を吐く荻野。そういえば、少し前に松浦と電話で話した時、落選直後に荻野が松浦に電話をしていたことを思い出した。

「松浦さん、山田さんが29万票取れたわけだから、次は首尾良く当選できる方法を考えましたよ」

「いえ、ボクはもう民主党から出馬するつもりはないんです」

「ああ……」

 だいたいこんな会話だった。「それ以来、連絡もありませんよ」と、電話の向こうの松浦は自分で自分をあざ笑うかのように話していた。そのことを知っていたから、私は山田が語ったことの次第よりも、なぜ荻野が、そんな話を人間同士の心や関係性をトゲトゲしくする噂話を、笑いながらできるのだろうかと、愕然とした。

 荻野自身は、選挙の際にわざわざ秋田県まで松浦陣営の応援に足を運んでいる。それは、単に「道具」の使い勝手を見にいっただけということなのか。

 この日の出版研究集会で、私は司会の役を引き受けていた。講師の山口貴士弁護士が、ろくでなし子裁判や、ヘイトスピーチ規制の問題を詳細に解説している最中も、幾度も客席に座っている荻野の様子を見て「この男は、何を企んでいるのだろう」と、考えていた。

 世の中には、何かとトラブルを好む人間がいる。会う人によって、発言を変えたり、曖昧な噂話を吹き込んで人間関係に波風を立てて、ほくそ笑んでいるようなヤツなのか。では、なんなのだろう。考えているうちに、先の参院選の時も、あちこちの候補者のところを飛び回っていると、忙しそうに話していた荻野の姿を思い出した。

 この男は、すべての議員を自身の考える「表現の自由」を実現するための道具と見ているのではないのか。自分の目指す現状のメンテナンス。それを実現することだけが、荻野の行動原理なのだ。だから、山田の29万票が熱を持っているうちに、あちこちに種を蒔こうと急いでいたのだ。

 そのために、役に立たないものは平気で切り捨てるのも、彼には当然のこと。だから、己の判断で、役立たずになった人間は、過去の人として昔話のように軽薄に扱うことができるのだ。でも、不思議と苛立ちは収まっていった。それは、人間の芯の部分。精神的な脆さがそうさせているのではないかと思ったからだ。

 山田のことも、役に立たなくなれば、平気で同じように縁を断ち切って、過去の人扱いするかもしれない。そんな荻野の姿に山田は気づいているのだろうか。気づいていないはずはないと思う。山田は、曲がりなりにも企業の経営者として成功をしてきた人物である。大勢の人を使う立場である。そんな周囲の人間の心情にも敏感でありながら、あえて鈍感に振る舞っているのだろう。

 でも、山田は腹は立たないという。それは、裏表のない本音の言葉だと思う。山田は落選してもなお「マンガ・アニメの表現の自由」を守ろうと発言を続けるのか。なぜ、そんな境地に達することができるのか。

■署名は2万筆程度で十分だった

「正直、29万票のインパクトに比べると2万程度では……」

 インタビューのはじめで、ネット署名にもかかわらず、寂しい現状を指摘すると、山田は淡泊な口調で話し始めた。

「選挙前につくった表現の自由を守る党も2万ちょっと、署名でもなんでも参画するのは2万から3万止まり。それでも、ネットの世界にはサイレントマジョリティがいるんですよ……」

 その言葉の中には、まったく焦りのようなものが見られなかった。この署名は、山田にとっては久しぶりの、自分の存在感をアピールする機会としての側面もあるはず。そうであれば、常に数字が気になり、一日に何度も署名サイトにアクセスしたり、Twitterで情報が拡散しているか気になって検索を始めるはず。実際にそれをしていないはずはない。

 なのになぜ、山田は焦っていないのか。

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