『宇宙戦艦ヤマト』も『機動戦士ガンダム』戦争賛美……それでなにが悪いのか?

『機動戦士ガンダム』公式サイトより

 なぜか「戦争賛美」という言葉がトレンドになった。

 Twitterに投げられた「『宇宙戦艦ヤマト』にしても『機動戦士ガンダム』にしても、どう言い繕おうが戦争賛美だと思うんですよ」という煽りとしか思えないツイートが琴線に触れた人が多いのか、百家争鳴になっているというわけだ。

「諸君 私は戦争が好きだ」という平野耕太『HELLSING』での少佐の演説は広く知られている。フィクションにおける狂気を含んだ悪役を際立たせるために数ページを用いて描かれた演説。これは「戦争賛美」だといわれれば、まさにその通りというよりほかはない。

 けれども「戦争賛美」とは、別に人を殺すのが楽しいとかそんな単純ものではない。少佐も演説の中で「露助の機甲師団に滅茶苦茶にされるのが好きだ」とか、敗北の局面すらも含んで「好きだ」と語っている。勝利と敗北、殺す側と殺される側、栄光と悲惨のすべてを飲み込んで「戦争が好きだ」というわけである。

 平野が作品を描くにあたって、どこまでを志向していたかはわからない。明らかなのは、これは別に狂気ゆえの言葉ではなく歴史の中に普遍的に存在してきた思想ということである。ヘーゲルは国家を強化する手段として、ドストエフスキーは堕落した人間を再生する手段として戦争の価値を語っている。

 とりわけ際立つのは、ドイツの文学者エルンスト・ユンガーである。第一次世界大戦において西部戦線の地獄を見たこの男は、その悲惨な光景を見て反戦平和を主張するようにはならなかった。むしろ、地獄のような光景を経て、破壊と創造の果てに時代をつくり出す「我々の父」である戦争を賛美するところまで突き抜けたのである。

 これは別にぶっ飛んだ志向でもない。筆者もそうだが、戦争は嫌である。痛いしつらいし、命令されて動くのは性に合わない。でも、軍艦も戦車も大好きである。同じような趣味の人も大抵は子どもの頃に『はだしのゲン』(中沢啓治)とか読んで原爆描写に恐れおののいて「戦争こええ」となった体験を含んだ上で愛好している。

 そう、戦争を賛美しているか否かは簡単に割り切れるものではない。『ガンダム』なり『ヤマト』は賛美というよりは理想的な戦場である。なにせレギュラーの登場人物たちは、それぞれに人生を抱えているが、フィクションゆえに死ぬ機会は基本的に平等である(第三艦橋のことは忘れておこう)。

 ともあれ、フィクションで描かれる戦争は単純には割り切れない賛美と反戦を含んでいるものである。

『スターシップ・トゥルーパーズ』なんかは賛美のフリをした皮肉を露骨にやった作品として知られている。「戦争賛美で何が悪い」そう開き直った果てにこそ、芯の部分が見えてくるんじゃなかろうか。

(文=昼間 たかし)

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