トラブル続きの「御朱印」 改めて参拝することの意義を考えてみれば?

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 御朱印帳がお騒がせニュースとして、取り上げられることが増えている。5月には明治神宮で令和元年初日の御朱印帳を求める行列ができたことにはじまり、6月には川越の川越八幡宮で他人の御朱印帳をだましとる不届き者までもが現れてニュースとなった。

 これだけでなく、御朱印帳を郵送し記入した上で返送することを求めるという手抜きを要求する者や、手書きのため時間のかかる御朱印帳の作業に「遅い」と暴言を吐く者まで現れたりと、御朱印帳をめぐるトラブルは後を絶たない。

 いったい、御朱印帳はなんでそこまで人を狂わせてしまうのか。

 御朱印そのものの歴史は古く室町時代から存在したとされる。起源は明らかになっていないが、もともとは寺社に納経をした時の記録として始まったものだとされている。これがブームになったのは2010年代に入ってから。

 ブームに応える形で寺社では、期間限定の御朱印を発表したり、独自に御朱印帳を頒布するところも増えている。寺社にとっては、新たな収入源として捉えられていることも否めない。

 ただ、御朱印はあくまで参拝した証として得るもの。御朱印そのものに御利益があるかどうかは、これまた諸説があるところだが、粗末に扱っていいものではない。けれども、どこかスタンプラリーとしての側面を持ってしまっていることは否めない。

 確かに出かけることが困難な神社仏閣の御朱印を手に入れること、あるいは期間限定の御朱印を手に入れることは達成感がある。それを眺めているのも楽しいものだ。でも、それはあくまで、その神社仏閣を参拝することができた感謝の気持ちと共にあるもの。集めて楽しむものではない。それをネットで販売したり購入したりでは、それこそ意味がない。

 相次ぐトラブルは、神社仏閣が観光として脚光を浴びる一方で、いまだ信仰を考える機会にはなっていないことを示すものだろう。

 あくまで参拝をメインとして、御朱印はその記録と記念程度のものと考えた時、神社仏閣の様々な魅力がより濃厚に見えてくると思うのだが、どうだろうか。

(文=昼間 たかし)

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