【ルポルタージュ】セイレンの妖しいささやき──

『その指先でころがして』『甘く奏でて』ディビの描く“女性上位の耐えられない五感”の快楽

 あらゆる作品との出会いがそうであるように、どの作品でひっかかるかは、人それぞれ。ただ、通底しているのは、はっと気がついた時には、ほかにはない作品からわき出す快感の中に溺れている。ページを埋め尽くすように活字で刻まれる言葉。その隙間もなくするかのように、書き文字で描かれる、気持ちよさそうな言葉と擬音。きみの身体も、お姉さんの身体も、曲線の印象的な独特の造形。それらは、とろけるようにして身体のあらゆるところから、侵入してくるような感覚を与えてくる。

 ぼくが、最初にこの快感に出会ったのは、これから出る単行本に収録予定の『ラクロス沼』。掲載誌は、ムック「オトコのコHEAVEN」(メディアックス)の30号。ふと、中身も見ずに買った巻末に、その作品は載っていた。それが、単に「主人公受け」だけの作品だったら、流して読んで終わってただろう。お姉さんが男の娘になっても、芯の部分はやはり同じ。きみ自身が、否応なしに快楽の回路を全開にされて溺れていく作品だった。それも、やっぱり偶然の出会いから始まるものではない関係性を匂わして。

 この作品の一ページ目。タイトルの後ろで部活のラクロスに励むヒロイン。それを、心ここにあらずと眺めているのは主人公。そして、二ページ目。夕暮れ時、片付けを手伝った主人公と校内を歩くヒロイン。

「A組の橋本君だよね。ありがとね、片付け手伝ってくれて」

 二人の関係はずうっと遠い。でも、赤い糸は僅かな言葉で、ぎゅうっと二人を近づける。

「あのさ、前からお前見かけるたびに思ってたことなんだけど……みんな気づいてないみたいだけどお前……男だよな……?」

「……そうだよ……って、言ったら?」

 ここまで僅かに三ページ。三ページ目の最後のコマ。主人公の服の裾を引っ張るヒロインの手のアップ。何が、二人の距離をそんなに近づけたのか。どうして、主人公はそのことに気づき、こうして、それを問うに至ったのか。描かれない、背景部分の心情。それが、行為以前から興奮をかき立てる。本を手に取り脳裏に浮かぶのは、新たな欲望。「こんな風になりたいな……」。でも、本当に読者が、ひっかかるページは最後にあった。ラスト三ページ。体育館裏で、男の娘相手に挿入し、行為を終え帰ろうとする主人公の袖を、ヒロインは再び引っ張る。

「……何言ってんの?」

 一拍のコマ。

「まだ、帰さないよ?」

 左のページ目をやれば、一転ヒロインに尻穴を開発されきって、快感に啼いてる主人公。浴びせられるのは、言葉の洪水。

「橋本くん……かわいい。すごくかわいいよ……とってもえっちな声で鳴けるゆになってきたね……うんうん、大丈夫分かってるよ?おしりがたまらないんだよね?おしりのあな拡げながらゆっくり入ってきた熱い熱いおちんちんに前立腺ぷりぷり虐められながら奥のきもちいいトコロつんつんってされると腰の骨がとろけそうに気持ちいいんだよね?彰君のカラダおちんちんでおしり可愛がってもらわなきゃ満足できないようにちゃんと調教してあげるからね」

 漫画の基礎において、長いセリフというのは読者に読み飛ばされる恐れのある禁忌。でも、どうだろう。一文字も読み飛ばしたくはない。漢字と片仮名と平仮名とを使い分け、目で追う文字は耳から入るヒロインの囁きと錯覚する。それが脳をとろとろにしていく。例え文字の一つでも読み飛ばしたくはない。文章でいえば行間の感覚と、長いのに読み飛ばす部分がどこにもない活字と書き文字。そして、画風と。それらに、ぼくは完全に、ひっかかった。「ディビ」という、おそらく絶対に埋もれないであろう作者の名前を、絶対に見逃すことなく記憶しておこうと思った。

 それが2016年の秋のこと。最初の単行本が出たのは冬、12月に入ってからのことだった。キルタイムコミュニケーションから出た『その指先でころがして』は、商業誌デビュー作である『女子刑務所の刑務官は僕の転職でした』などの初期作品も収録したもの。きみも、冒頭から収録された、発情期の猫耳お姉さんとメイドさんとが気持ちよくしてくれる「発情と調教のあいだ」に酔いながら、それも一日でなったものではないと知ったのではないかな。やっぱりここでも、言葉の洪水は身体のあちこちから侵入して、本を手にした人を、戻って来られないところへと運んでいた。独特のエロスと可愛さとが同居する人物造形のセンスに魅了され、興奮しながら、もっと言葉を噛みしめたい。そんなリピドーを慰めてくれたのが『甘く奏でて』であった。収録作「取材協力」で、新人編集者の主人公が訪れたのは、官能作家のお姉さん宅。

 脱稿間近の原稿の音読を求められて、緊張しながら読み始める主人公。ページをめくれば、見開き二ページを丸々使って小説の音読が続く。おおよそ漫画にはあり得ない表現。それでもなお、作者自身のリピドーは治まらなかったのか。単行本の巻末、通例は同業者の応援コメントだとか、作者のお礼や雑感がイラストと共に掲載される、あとがきページを丸々三ページ使って短編小説が収録されている。溢れるリピドーを浴びせられて、ぼくは作者自身にも興味が沸いた。作者を知ろうとすれば、今は便利な時代。Twitterもあればpixivもある。Twitterをさがせば、きみやぼくと同じような人もたくさん。限られた文字数で感想を述べてる人だけでなく『甘く奏でて』を一度に五冊も買った人。それらのひとつひとつをリツイートして、お礼のコメントをつけている作者。ずうっと過去のツイートを見ていけば、村上春樹とか小説の話題も。ここまで単行本は二冊。それだけでは待ちきれなくて、雑誌やムックも読んでいるけど、泉はまだ沸きだしたばかりとしか見えない。描かれるのは、男の娘も含めて女性上位のシチュエーション。マゾに歓迎される前立腺責めに射精管理。その結果としてのメスイキの気持ちよさ。でも、ひっかかるのは、それだけではない。背景にある、まだ沸きだしていない泉も含めて、ぼくらはすっかり、そこの虜になってしまっているのだ。

 そう思った時、ぼくに新たな感情が生じる。「いったい、作者はどんな人なのだろう」。

 こうして、ぼくはディビに初めての連絡を。住んでいるのは山梨県。「最寄りの駅はないので、甲府市内で会いましょう」。すぐに予定を決めて、取材の日を心待ちにする。

 待ち合わせたのは、瀧の流れる中にはを望むラグジュアリーなホテルのカフェテリア。ほかに客はおらず、大きな窓から陽の光が綺麗に降り注ぎ、瀧の音だけが響く中で、ゆっくりと待ちながら改めて単行本のページをめくる。

 この乙女たち、セイレンたち、妖しい言葉で、架空と現実とのボーダーを行き来する感覚を導き出すその創造主は、いったい如何なる人物なのか。その答えは、待ち合わせ時間きっかりに。

 薄いグレーのジャケットに、黒いスキニージーンズ。セルフレームのグラスが締まった印象を持たせる。それが、ディビの第一印象。挨拶に続いて始まった、物静かな語りは、漫画家というよりは文学青年に近かった。なにより、ゆっくりとした語りには、豊かな知識と洞察力。自らの内で燃えさかるものを出す時と場所とを心得た教養人の趣。

 二年前……というから、初めての単行本が出た年に勤めを辞めて、漫画家専業となったディビ。なのに、漫画家になることを思いたってから、まだ10年も経っていない。

「趣味で描いていたら、こうなった……」

 常に何かが燃えさかっている作品を、まったく感じさせない静かな口調での一言に、ぼくは一気に虜になる。

「初めて漫画を描いたのは……」月並みな質問に、ディビは我が意を得たりと、すぐに答える。

「キルタイムコミュニケーションから、声をかけられて。それまでは、イラストばかりで……」

 そういって、ディビは少しはにかんだ顔。

 デビュー作の「女子刑務所の刑務官は僕の転職でした」が掲載された電子コミック『刑務所で喘ぐ女たちVol.2』(キルタイムコミュニケーション)が配信されたのは、2015年3月。それまで、漫画としてコマを割って描いた作品は僅かに数作。あとは、イラスト。いずれもpixivで公開していたが、まさにディビ自身が言うとおりに趣味の範疇といえるもの。はじめてイラストで性を描いたのは、その2年ほど前の2013年10月。最初に描いたのは『艦隊これくしょん -艦これ-』の大井と北上の百合イラスト。その次に描いたのは、男の娘。その前は、エヴァンゲリオンであったりとかSF系のイラストばかり。

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