氏賀Y太 リョナ・グロとマンガに人生を全振りする男のスケッチ【ルポルタージュ】

 その氏賀が描くのは、以前は「猟奇」。今は「リョナ・グロ」という言葉でくくられるジャンルの物語。バイオグラフィーをひもとくと、最初に上梓した単行本は、2000年5月の『毒どく猟奇図鑑』(桜桃書房)。それに先立つ数年前から、氏賀は同人誌や商業誌で次々と作品を発表していた。

 私自身の出会いを記すと、最初に読んだのは1990年代の半ばを過ぎたころだったか。何気なく購入した同人誌で、氏賀の作品を初めて読んだ。「三人の浮浪者」というタイトルの短編は、ゆきずりの少女が、生きたまま解体されて、酒の肴に内臓を食べられていくという不条理な作品。

 あたかもエロマンガの表現の一つのような体裁を取りながら、描かれるのは理不尽で可哀想な死のドラマ。性的なものとは異なる興奮が、そこにはあった。「見てはいけないものを、見てしまった」という禁忌を犯している気分。エロマンガとは違うベクトルの「誰かに見られたらどうしよう」と、部屋に隠し置いておくのすら憚られる感情。それにもかかわらず、何度も読み返してみたくなる迫力が、わずかなページ数の中に渦巻いていた。

 氏賀の作品が、書店に並ぶエロマンガ雑誌でも見かけるようになったのは、それからしばらくしてからだった。進んで好きな作品と絶賛する人はいなかったけれど、何かのはずみに氏賀の名前が出ると、判を押したように「決して好きではないのだが」と前置きして、いかにとんでもない作品であるのかを語るのだった。

 それから、すでに20年あまり。その間、氏賀はエロマンガとも、ホラーともスプラッターともカテゴライズできない独特の世界を描き続けてきた。女性が理不尽に可哀想な目に遭う展開ばかりではない。時には、それを発端に世界の終末の始まりというスケールの大きな作品を描いた。そうかと思えば、巫女が、街で大暴れするパンダと戦うホラーとバトルを組み合わせたような作品も描いた。一貫しているのは、どの作品でも四肢が吹き飛んだり、内臓が飛び出したり、ページいっぱいに血が飛び散り……息をするかのように、当たり前に人が死ぬシーンを描いてきたことだ。その筋を通してきたことで、氏賀はリョナ・グロジャンルの「大御所」になった。

 氏賀の20年あまりの活動の中で、変化はあった。好き嫌いにかかわらず名前を知る人は増えた。一方で、作品を発表する場は少なくなった。2000年代も半ばを過ぎる頃まで、エロマンガ雑誌はもっと幅が広かった。性的興奮を煽る「実用性」の有無とは別に、ほかのジャンルでは掲載できない作品にも発表の機会を与える場にもなっていた。けれども、そうした作品が売上の数字に結びつくことは、ほとんどない。実用性よりも独自性の強い、ニッチな作品を掲載することに誇りを抱いていた雑誌も次々となくなった。今、氏賀の主な作品発表の場は、同人誌。出版社から声がかかって、同人誌で描いた作品が単行本になることばかり。

 一方で、リョナ・グロジャンルも変化した。今は、自身の情報告知ほどしかないが、かつて氏賀の公式サイトは、膨大なコンテンツを持つサイトだった。氏賀の作品に刺激を受けて、イラストを描く者や小説を書き始める者もいた。そうした日常生活では人には話せない興奮を発露し、交流する場としての役割を、氏賀のサイトが担っている時期もあった。その役割も2010年頃には終わったと思って、氏賀はサイトを縮小した。

 そうした興奮を持つ人が減ったのではない。むしろ、増えていた。それと同時に、興奮や情念を発散する場も増えていた。画像や文章を投稿できるpixiv。そして、Twitter。

 そうしたインターネットを用いたサービスが普及する以前から比べると、リョナ・グロ趣味を人には言えないものとして隠す人は、格段に少なくなった。ペンネームやアカウント名。現実とは別のかりそめの人格だとしても、氏賀の描いてきたような世界を「人には言えない」と隠して楽しむ人ばかりではなくなっていた。性的興奮をする者もあれば、人が驚くような、誰も考えつかない苦痛を描くことに喜びを感じる人。あるいは、内に秘めた破滅的な願望を満たそうと欲する者。読者の数だけ受け止め方があり、楽しみ方がある……禁忌の向こうの楽しい世界へと足を踏み入れようとする人は、確実に増えていた。

 そんな世情の変化を見ながら、氏賀は作品を描くだけではなく、自作を実写映画として制作したり、そうしたアンダーグラウンドな作り手を集めた催し「艶惨(ENZAN)」を立ち上げたり、活動の場を広げていた。

 渋谷からのメールが届いたのは、ちょうどそんな頃だった。しばらくして、会いに来てくれた渋谷に、氏賀は自分の考えていることを話した。

《自分以外のマンガ家も日の目を見てほしい……》

 まだ「一緒に何ができるのだろうか。傑作選なのか新作描き下ろしなのか……」と、考えていた渋谷に、氏賀は自身の希望を語った。自分以外の、多くのリョナ・グロをテーマに描いている描き手の作品を集めたアンソロジーをやりたい。発案はしたけれども、氏賀自身が、何がしかをやり遂げたボスザルとして振る舞う気など毛頭もなかった。「ただ……自分もみんなと一緒に楽しみたいのだ」という願いから、導き出されたアイデアだった。

 ネット、例えばTwitterでは「リョナ垢」などと呼ばれる、自身の描いたリョナ・グロをテーマにしたイラストを発表する人もいる。pixivも同様である。けれども、それ以上の描き手となると作品が人の目に触れる機会は限られている。

 人には、20年を超えたベテラン作家のような言い方をされることもある。でも、氏賀自身は、長くやっている意識もない。ただ、ずっと描いていたら、猟奇という言葉が、いつの間にかリョナ・グロへと置き変わっていた。pixivにも、R-18Gというカテゴライズができた。R-18は、作者が18歳未満には見せてはいけないと判断したエッチな作品を示すキーワード。R-18Gはといえば、GはグロのG。すなわち、18歳未満には見せることが憚られるリョナ・グロな作品。そんなタグができるということは、そうしたジャンルの作り手が増えていることの明らかな証左。加えて、そうしたタグをつけた作品を見て「自分もやりたい」と、奮起している人は数限りない。

 でも……氏賀自身が注目され始めた頃と違って、エロマンガ雑誌がリョナ・グロ作品を一種のスパイスのようなものだと考えて掲載してくれる機会もほとんどなくなっている。

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