【人物ルポルタージュ】29万票の金利~山田太郎と「表現の自由」の行方

 山田の、のんびりした声は、私が以前から感じていた違和感を増大させた。横柄でもなく傲慢でもない。決して、私利私欲のために活動しているようにも思えない。けれども、その淡々とした言葉のどこにも芯になるようなものが見つからなかった。インタビューでは、相手が何気なく発した言葉に「おおっ!!」と引き込まれることがよくある。

 むしろ、それをインタビューの最中には常に、それを期待している。けれども、話を聞きながら、これは必ず使わなければならないと思うような言葉を山田はひとつも発することはなかった。

 発する言葉の裏に存在するであろう山田の芯の部分。それを見いだすことのできなかった。だから、私は、テープ起こしをする気にならなかったのだ。

 なんで、こんなインタビューになったのか、考えた。幾日か考えるうちに、漠然と見えてきた。あえて凡庸な言葉しか話さないことに、山田の独自性があるのではないかと。

 私は、数年間の取材ノートを読み返すことにした。

■秘書も知らない山田の実像

 山田に最初にインタビューしたのは、13年の5月。「マンガ・アニメの表現の自由」は、私が長らく取材してきたテーマであり、ほかのどの物書きよりも優れたものが書けるという自負があった。

 いつも、すぐに原稿にすることはできないけれども、今すぐ取材したいテーマは多い。取材費を捻出するために、頭を悩ましている私にとって幾ばくかの原稿料を得るには、最良の手段でもあった。だから、山田が集会を開いたり、新たなアイデアを披露するたびに取材をしていたが、そのたびに漠然とした違和感も感じていた。それが、なんなのかはっきりとはしなかった。

 ただ明らかなのは、山田が自身のプライベートな話になると、徹底的に秘密主義なことだった。取材してルポルタージュという一個の作品を書き上げる時に欠かせないのは、個人の心情や生き様である。社会批評を描いているわけではないから、視点は全体の状況を語るのではなく、その中で誰がどのように生きていたかに注力される。

 なぜ、この人はこういう選択をしたのか。立ち居振る舞いや、その背景にある生まれ育ちに至るまで、微に細に聞き出して、文章に血肉を通わせていく。

 でも、山田はそういうことに話が及ぶと、いつも華麗に身をかわすのだ。取材者に対してだけではない。信頼している身近な人々に対しても、そうなのである。

 例えば、住んでいる家のこと。山田が参院選の後に立ち上げた会社の登記簿に記された大田区の住所を辿ってみると、日本維新の会の参議院議員・藤巻健史が、息子に譲った物件であった。

 そのことを、秘書の坂井に聞くと、困った顔をして

「ぼく、山田さんの家にいったことがないんですよね」

 と、いったのだ。

 そんな具合だから、大田区生まれの大田区育ち。これまで、大田区以外に住んだことがないこと。麻布中・高から慶應義塾大学という学歴や職歴を除けば自分からは話すことはしない。

 一度だけ、参院選の時に、山田が休憩中に選挙スタッフの今野克義がかわりにマイクを持った時。自分の知る山田の人となりを語る中で、今野は「母子家庭からここまで……」と漏らしたのである。山田という名字で、子どもに太郎という名前をつける親。その独特のセンスには興味を惹かれるが、山田の口からそのことが語られることはない。

 それどころか、一緒に暮らす妻や娘のことにも、ほとんど触れようとはしなかった。選挙といえば家族が総出で「主人を男にしてください」とか、支持者のために土下座パフォーマンスまでする家族がいるもの。ところが、山田の妻と娘は、事務所に姿を見せることも、あまりなかった。

 最初に事務所で姿を見たときも、パーテーションで仕切られた事務スペースで静かに座っていて、支持者に、積極的に挨拶をすることもなかった。ようやく話ができたのは、山田が秋葉原で演説している時にビラまきを手伝っている姿であった。私が「奥様ですか」と声をかけると、腰を深々と下げて丁寧に挨拶をしてくれた。

「事務所でも、あまり姿をお見かけしませんでしたが」

「ええ、ボランティアの方が主体ですので……私たちはあまり表に出ずに裏方でやろうと思いまして」

「何か、別のことを?」

「ええ、『とらのあな』とか、『らしんばん』とか……オタク店舗を回っていたんです……山田の選挙ビラを置いてもらえないかな……って。いくつかは置いてくれたんですけど、店員さんは賛同するけどってところも……」

 呟きはそこで終わり、会話はそれ以上には発展しなかった。家族を利用したり人情に訴えかける土着的な選挙を、山田が徹底的に忌避していることだけは明白だった。独自の選挙スタイルへの、揺るぎない信念を支えるものを知りたくなった。

■ピースボートのスタッフだった山田の青春期

 参院選の最中にFacebookを見ていると、年上の友人である星紳一が山田太郎の演説を聴きにいき、何年かぶりの再会を果たしたことを綴っていた。星は幾度もピースボートに乗ている人物で、外資系企業に勤務する傍らで通勤に使うバッグにも「アベ政治を許さない」とスローガンの描かれたキーホルダーをつけたり、デモや集会にも積極的に参加している強固な信念を持った人物である。

 私とは思想面では相容れないけれども、けっして偏狭な考えに陥ることなく、気の向くままに声をあげたり、あちこちを飛び回る、東京にいながら旅人のような生き方をしているゆえに、興味深い人物である。

 そんな人物と山田の接点はどこにあったのだろう。すぐに、星と顔を会わせる機会があったので、単刀直入に聞いてみた。

「再会したのは、数年前のセミナーで山田さんが講師で来たからだけど、最初はピースボートだよ」

「え、山田さんはピースボートの乗客だったのですか?」

「いや違う、スタッフのほうだよ」

 ちょうど、フィリピンでマルコス政権が打倒された頃だったという。辻元清美がフィリピンの現状について講演するというので、星は会場に足を運んだ。現在の国会議員になって、少し落ち着いた姿とは違い、聞いている人を圧倒するような声量と話術で辻元は「いま、フィリピンは大変なことになっているんです」としゃべり続けた。

 辻元が語る、新聞やテレビでは知ることのできないフィリピンの現状に聴衆はどんどん引き込まれていった。その終盤、辻元はひときわ大きな声で叫んだ。

「みなさん、行ってみたいと思いませんか!」

 星は、ぜひ行ってみたいと思った。ほかの聴衆も同じだった。絶妙な間を置いて、辻元は次の一言を放った。

「実は、もう船は用意してあります!」

 会場はどよめいた。そして、万雷の拍手に包まれた。まだようやく格安航空券が出回り始めた80年代中盤である。船ならば、相当に安くいくことができるに違いない。それに、飛行機とは違う長い船旅には、誰も経験をしたことがないロマンが感じられた。

 いったい、費用はどれくらいかかるのだろう。自分の貯金でも行くことができるのではないか。いや、多少無理をしてでも、ぜひ、この船に乗りたい。第三世界の現実を、しっかりと我が身で感じたいという情熱と、船旅へ行くという冒険心が、会場をどよめかせたのだ。

「では、詳しいことはウチのスタッフから説明してもらいます」

 辻元に呼びかけられ、眼鏡をかけた青年が檀上に上がった。青年はまず、後ろの黒板に自分の名前を書くと、聴衆のほうを向いていった。

「山田太郎です。本名です」

■世の中を自分の思うように変えたい

 山田がピースボートのスタッフになったのは、偶然であった。大学生の時、山田は國弘正雄の事務所でアルバイトをしていた。麻布高校時代に、当時の文化放送の人気番組『百万人の英語』などで、英語通として知られていた國弘を生徒会で講演に招いた縁であった。その事務所に辻元がやってきた。國弘から「この元気よいネエちゃんを手伝ってやれ」といわれて、スタッフになった。

「地球を二周くらいしたかなァ」

 山田のピースボート時代について記された資料は少ない。

 唯一見つけたのは04年6日10日付の『フジサンケイビジネスアイ』に掲載された記事である。そこには、こう記されている。

「世の中を自分の思うように変えたい」

 学生時代にそう漠然と考え、設立まもないNGO(非政府組織)「ピースボート」に参加。財務を担当し、多くの国を訪れた。「ピースボートの活動は、目的を持って何かを成し遂げたという達成感があった」この経験は、今も「その時々にこそできることがある」という信念につながっている。

 青年期に自分が変えたかった世界は、どういうものだったのだろうか。選挙中に、このことを聞くと山田は「忘れちゃったなあ」と、はぐらかした。

 誰しも青春の頃に抱いていた理想を振り返ると、誤って無駄な時間を過ごしたことへの後悔や恥ずかしさが押し寄せてきて、自嘲気味に笑うしかない。私とて、トロツキズム、そしてクロンシュタット叛乱やマフノの黒軍の鎮圧を正当化する論理を語っていた過去を指摘されれば、薄笑いをして「忘れた」というだろう。

 それでも、目指す理想の変遷があってこそ、より豊かな現在の目標が育つはずである。だから、青年時代の山田がどんな理想を持っていたのか、是が非でも知りたくなった。そこで、5月のインタビューの時に、再びこの話題を持ち出すことにした。記事のプリントアウトを示して、私は尋ねた。

「今は、どう考えていらっしゃいますか?」

「随分、昔のを持ってきたねえ……2004年……」

 山田は、少し黙ってプリントアウトした紙を見つめてから再び話を始めた。

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