『東方Project』を超える闇深いハートフルな世界 春河もえ『異議ガール!』
2017.04.10
『東方Project』関連で一気に名を知られた、春河もえ氏の描く『異議ガール!』(KADOKAWA)は、親友同士の眼鏡っ娘とロリ娘が営む弁護士事務所を舞台にした作品である。
オビには「ハートフル法律コメディ」と記されているわけなのだが、読んでいていろいろと闇が深い部分が気になってしまった。
さすが、闇に満ちた東方から出てきたマンガ家の宿命というべきか……。
物語は、大学を中退して引きこもりになっていた繊細な少女・まゆ子が、数年ぶりに再会した幼なじみの天才少女・リタと一緒に営む弁護士事務所を舞台に繰り広げられる。
まず、ヒロインの片方が大学中退というところが、穏やかではない。まゆ子は、才能はあるのだけれど繊細で、人の悪意に敏感な性格。ゆえに、希望に満ちて入学した音楽大学で一年も持たずに中退してしまったのである。
いやいや、音楽系とか芸術系の大学で、悪意は必然。みんな自分を正当化するのが大好き。それでいて、群れるのも好きで裏で足を引っ張り合うのが好きなヤツらの集まりのはず。そこで、一年も持たなかったというのは「夢」といいつつ、よほど音楽に対するモチベーションが低かったとしか思えない。
そんな彼女が再会したリタは、アメリカに留学して弁護士資格を得た14歳。超天才少女ではあるんだけれど、外見は単なるロリっ娘なので雇ってくれる事務所はないし、依頼人も来ない。そこで、かつては孤立していた自分を助けてくれた憧れのお姉さんでもあるまゆ子に、「影武者」を頼むのである。
この作品、法律監修が入っているそうで、リアリティの肉付けをしようとしているみたいだけど、ここでいろいろと無理のある部分が目についてしまった。
「影武者」というのは、弁護士じゃない人物が弁護士を名乗るわけだから、完全アウトじゃなかろうかと思うのである。まあ、ここで「リアルじゃない~!」などという気はさらさらない。逆にリアルじゃないゆえに、二人は依頼人に度を超して親身である。弁護士事務所というのは同時並行でさまざまな依頼をこなさないと商売として成り立たないと思うので、不安しかないけれども。
その最初の依頼人としてやってくるのは、離婚を求める妻。この妻が車椅子を使っている障害者設定で、さまざまな夫婦間の気持ちの齟齬にまで、二人は土足で踏み込んで、離婚を回避するところまで持ち込むのである。
これじゃあ、依頼料も取れないなあ。相談料だけか? などと、また読みながらソロバンをはじいてしまった。でも、闇を感じたのは、そこではない。
元サヤに収まった依頼者の夫婦は、夫が仕事を辞めて妻に付き添い、妻は保険営業の仕事を始めることとなる。この説明の下りで描かれているのが、どう見ても個人宅への飛び込み営業。いや、皆まではいわないけれど、これって弱者と強者が逆転するタイプの押し売りじゃなかろうか……。
この先も、描かれている物語は同性同士のストーカーだったり、異常に闇の深そうな人物が登場する。それでいて、ヒロイン二人は基本的に性善説で動いている感の強いこと。
弁護士のはずなのに、依頼人に選択肢を提示したり、依頼人の意向で動くのではなく、自分たちの意向に依頼人の意志を従わせようとしているとしか思えない。
描かれている表面上のことがハートフルなゆえに、余計闇の深さが浮かび上がってくる。ああ、きっと東方に関わったことで、いろいろと見ちゃったんだろう。連載では確かに存在した「脚本:鰐梨、協力:オーガスト」表記が消えて、単行本は春河氏の単独クレジットになっている点も、何かあったのかと考えてしまう。
(文=是枝了以)