傷ついたのは誰の心? 作家・石田衣良と『君の名は。』新海誠のやりとりに感じた違和感

傷ついたのは誰の心? 作家・石田衣良と『君の名は。』新海誠のやりとりに感じた違和感の画像1映画『君の名は。』公式サイトより。

 今なお大ヒット上映が続いている映画『君の名は。』。その映画について、『池袋ウエストゲートパーク』(文藝春秋)などの著作で知られる作家の石田衣良が、2017年1月4日に配信された「NEWSポストセブン」の「石田衣良氏の年頭所感 『新海誠氏と宮崎駿氏の違いは』」という記事で、感想を述べている。

 いわく「たぶん新海さんは楽しい恋愛を高校時代にしたことがないんじゃないですか」「恋愛しない人の恋愛小説のパターン」「付き合ったこともセックスの経験もないままカッコイイ男の子を書いていく、少女漫画的世界と通底しています」など。

 なるほど。石田衣良が学生時代どれほど楽しい恋愛してきたのかは知る由もないが、こう書くくらいなのだから、そうしてきた自負はあるのだろう。

 そして一方の新海誠は、石田衣良の名前こそ挙げないものの、Twitter(@shinkaimakoto)で「最近は実に様々なお言葉いただきますが、なぜ面識もない方に僕の人生経験の有無や生の実感まで透視するような物言いをされなければならないのか…笑。いやもう口の端にのせていただくだけでもありがたいのですけれど!」とコメント。

 これについてネット上では、「石田氏は新海監督や宮崎監督の名前を出して有名になりたかったのでは?」「ヒット作が出ないことへの嫉妬でしょ」との批判がある一方、「よく読んでみれば、石田衣良は作品を褒めている」といった意見もあり、見ている我々も収拾がつかない状況だ。

 ただ一つ、私の中でどうしても違和感を感じることがある。

 2人のやり取りからは「高校時代に楽しい恋愛をすることが良い」というニュアンスが受け取れる。

「楽しい恋愛をしてこなかった人」を、やや高い目線から語っている石田衣良は楽しい学生生活を送ってきたのだろうし、はっきりと否定はしていないものの、指摘されたことに対して明らかに不満を感じている文言からすると、新海監督も「俺だって楽しい恋愛してきたぞ」といったところなのだろう。

 しかし、そもそも高校時代に楽しい恋愛をしてこなかったことは、そんなに悪いことなのだろうか? そしてそれは恥ずべきことなのだろうか?

 ここが私の感じた違和感だ。なぜなら、私はそう思わないから。

 このやりとりは、2人だけの問題ではない。映画の作り手、つまりこの作品を“いい”と思っている人が、楽しい恋愛経験がないだろうということは、新海監督の映画を見て感動した多くの人達もまた、同じようにそのような経験がないと言っているようなものだ。

 石田衣良の発言は、その意味で、かなり多くの人を不安にさせていると言ってもいいだろう。

 だが、その点において不安になることはない。まず、学生時代に楽しい恋愛をしてこなかった人は、胸を張って生きていい。片思いをしていたものの、一言も話ができず、ずーっと彼女と話す妄想に浸っていたなどということがあれば最高だ。

 個人的な考えではあるが、恋愛ものの映画であるとか、夢のような話であるとかは、その憧れに対する渇望感が強い方が、より楽しめると思う。

 その考えに従えば、新海監督も悲しい思いをたくさんしてきた可能性はある。しかし、本人がそれを否定している以上、あれこれと詮索するのは野暮というものだ。もしかすると「自分では楽しい恋愛生活を送りながら、楽しい恋愛をしてこなかった人の心に沁みる作品を作る天才」もいるかもしれないのだから。

 とにかく、どうしても言っておきたいのは、学生時代に楽しい恋愛をしてこなかったとしても、それは決して悪いことでも恥じることではなくて、むしろその時に養われた想像力や感受性で新たなクリエイト能力を身につける人もたくさんいるんだということだ。

 私だって、学生時代楽しい恋愛をした記憶はないが、その反動でアイドルばかり追いかけていたら、アイドルライターとして仕事をいただけるようになった。

 人生なんて最終的に何がどう転ぶかわからないのである。

 そしてそれは多分、恋愛に限ったことではないだろう。お金がない生活を経験しているからこそ、自分で稼いだお金のありがたみがわかるのだし、食べるのに苦労してきたからこそ、やっと口にした食事の美味しさも分かろうというものだ。

 実は、生まれながらにして恵まれているということは、ある意味で不幸なのである。

 もちろん、お金にも女性にも恵まれず生きてきた者の慰みだと思ってくれてもいい、でも、世の中なんてそういう風にしてうまく成り立っているのもまた真実であると思うのだ。

 今回の論争では、はからずも各々の恋愛観のようなものがあらわになる結果となった。

 作家にしろ映画監督にしろ、クリエイティブな作業をする人は、何かよりどころとなる信念のようなものがあってしかるべきなのかもしれない。

 ならば、それらの作品を享受する我々も、自分の中の価値観を見直し、物事に接したほうがよいのではないだろうか。
(文=プレヤード)

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