『かりん歩』(柳原望) 思わず住みたくなるオンリーワンの名古屋愛

『高杉さん家のおべんとう』で人気になった柳原望氏の新作『かりん歩』(ともにメディアファクトリー)が刊行されました。ちなみに『高杉さん家のおべんとう』のファンには、嬉しいエピソードも収録されているので、要注目です。

 さて、今回の柳原氏が描く物語は、女子大生が祖父の経営する喫茶店の後を継いで、中学生の妹と共に、切り盛りしているというもの。

 でも柳原氏が描くのですから、単なる細腕繁盛記などになるはずがありません。

 第一巻である本作では、多くのページを費やして、そこに至るまでの出来事を綴っていきます。

 ヒロインの市井かりんは就職活動中の女子大生です。そんな彼女の人生の多くの時間は、妹のくるみの世話に費やされてきました。忙しい両親に代わって妹の世話をする。そのことを褒められる。それが彼女の人生経験の大半を占めていたのです。

 それはとても美しいことなのですが、妹ももう中学生。手がかからなくまりました。同時にやってきた就職活動。当然、これまでの人生での経験を問われます。面接でも聞かれます。そうした時に思い出すのは、妹のことばかり。

 あまりに、妹の世話をするばかりの人生を送ってきた結果として、かりんは、妹断ちを考えなければならないほどに、ほかに何もない人生だったことに気づかされるのです。

 一念発起したかりんは、離れて住んでいる祖父の経営する喫茶店を手伝いながら暮らすことにします。けれども、成長したとはいえ、くるみもお姉ちゃん大好きっ娘。なので、クールなフリをしつつも様子を見に店にやってくるのです。

 そんなほのぼのした風景で物語が綴られるなんて、甘い話ではありません。さすが柳原氏、ストーリー展開にはビターな味付けがしっかりと施されているのです。

 新たな人生のはじまりは、突然、祖父が倒れて、そのまま死去してしまったこと。ここに来て、かりんは自分が店を継ぐことを決意するのですが、ここでまた、ビターな味の追加が。それは、祖父の妻、すなわちおばあちゃんの存在です。

 祖父も父親も、おばあちゃんは死んだといっていたのですが、実は違います。かつて、手伝っていた焼き鳥店の仕事が大好きになったおばあちゃんは夫も捨てて、今は大手焼き鳥チェーンの社長になっていたのです。しかも、籍は抜いていなかった。なので、かりんが後を継ぐことになっても、祖父の喫茶店の権利をすべて受け継げたわけではないのです。

 それに端を発する複雑な人間模様を描きつつ、物語は綴られています。ともすれば、ドロドロの愛憎が渦巻くような展開になりそうですが、そこを綺麗で爽やかに見せることができるのは、柳原氏ならではというところでしょう。

 なによりも作品に溢れるのは、柳原氏の名古屋愛。なにかとネタ扱いされがちな名古屋の文化というものが、柳原氏の手にかかると突然、羨ましいくらいに愛のあるものに見えてしまうのです。

 これを契機に名古屋に住みたくなるような作品です。
(文=大居候)

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