『居酒屋ぼったくり』飯テロマンガだけど理想的すぎる居酒屋を発見! 

2016.11.17

 秋川滝美(原作)・しわすだ(漫画)『居酒屋ぼったくり』(アルファポリス)は、深夜に読むと危険な飯テロマンガである。

 すでにシリーズ累計42万部を突破している小説のコミカライズとなる、この作品。ジャンルで分類するなら料理系。かつ、人情重視の雰囲気系作品といえるだろう。料理系マンガというと、何かと対決したり、人生の大事な出来事が料理で解決したりしがちである。

 この作品は、そういう展開はいっさい存在しない。かつ『孤独のグルメ』(扶桑社)的な哀愁もない。ただひたすらに、ちょっといい話が描かれるのである。

 物語の舞台は、タイトルにあるとおり下町にある「ぼったくり」という、ちょっと物騒な名前の居酒屋である。そんな店を舞台に、店を切り盛りする姉妹と、客たちとの間に交わされるのは美味い料理と酒の話。そして、ちょっとした困りごとがきっかけで見られる義理人情の世界である。

 物語は、店を切り盛りする姉妹の姉・美音を中心にして語られる。美音はかつて父親から、居酒屋の精神性を学び、そのひとつひとつを覚えている。たとえありきたりの料理でも、ひとつひとつを丁寧につくること。口に入れた人が思わず笑みを浮かべるような一皿をつくること。そして、客がお金を払って惜しくないと思うこと。それができるまでは、店の名前は「ぼったくり」でいいということ。

 そんな父の魂を受け継いでいるがために、美音は決して気取ることなく、お客さんを笑顔にするための料理をつくることに励むのだ。

 そんな日常が、一話完結で小さくまとまっているので、とにかく読みやすい。

 何より、この作品の特徴として挙げたいのは、あくまで店が地味なことである。決して派手ではなく、近所の人たちが仕事のあとの一杯のために立ち寄る店である。まさに「働く者たちの店」といった風情である。だというのに、決してチューハイが似合うような下世話な感じなどなく店の雰囲気は上品。やってくる常連客も肉体労働者が多めの雰囲気なのに、決して乱れたりはしない。

 いわば「こんな店があったらいいな」という妄想を存分につぎ込んだ店なのである。実際のところ、現実に存在する下町の居酒屋とはどのようなものか? 体験すればわかるだろうが、落ち着いて楽しむのは困難だろう。何しろ、もはや東京周辺で地元の常連客が仕事帰りに楽しんでいるような店は少ない。だいたいの雰囲気のよい店というのは、ネットやら雑誌やらを読んで『孤独のグルメ』気取りでやってくるヤツらに荒らされている。

 とりわけ、赤羽と京成立石は、そーゆーヤツらに荒らされた土地の代表格といったところだろう。そんな現実を知っていれば知っているほど、この作品で描かれる居酒屋「ぼったくり」がいかに素晴らしい店かが染み渡ってくる。

 気取ることもなく、うるさいことをいう客もいない店。こんな理想の店がどこかにあると信じたくなる作品だ。
(文=是枝了以)

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