【実写映画レビュー】「人間ドラマ」の排除で政治的興奮をゲット!? 胸熱な『シン・ゴジラ』は投票率を上げる?

 そもそも、日本人の自尊心回復はここ数年、全世代的に廃れることのないトレンドだ。「世界最高レベルのおもてなし」「災害時の配給にも必ず列を作る」「採算度外視の職人的ものづくり」といった“俺ら日本人スゲー”系ネット記事は、性別・世代の別なく受けがいい。国粋主義なんてオーバーなものではなく、ささやかな「長所再発見」というやつではあるが。
 そのトレンドと同じ系譜上に乗っているのが、「この国はまだやれる」「危機が日本を成長させている」「スクラップアンドビルドでこの国はのし上がってきた」といった劇中のセリフだ。これらが東日本大震災の直接的アナロジーというだけでなく、敗戦からの奇跡的な復興や、高度経済成長期の栄光なども指しているのは明白。多くの現代日本人の承認欲求を、DNAレベルで満たしてくれるのだ。
『シン・ゴジラ』は、あらゆる世代が最高に気持ち良く承認欲求を満たせる構造として、巧みに設計されている。

 ただ、大興奮のうちに観終わってみると、奇妙なことに気づく。登場人物はものすごく多いのに、ひとりひとりの人間ドラマがほとんど描かれていないのだ。
 実はこの映画は、「状況提示」と「批評的主張」と「対応策の実行」だけで構成されている。愛が囁かれたり、家族との別れが描かれたりすることはない。夏休み公開の大作商業映画としては、かなり奇形と言わざるをえないのだ。

 矢口率いる対策チームや政府関係者には、圧倒的な量のセリフが用意されているが、そこから彼らの人間性そのものは見えてこない。家庭人としての自分と任務との間に生じる葛藤、友人関係、普段の生活や趣味趣向。そういった要素は、意図的に排除されている。
 一般市民も同様だ。「逃げまどう住人」「被災した人々」といった群体としてラベリングされているだけで、個別のドラマは皆無。「両親を殺した怪獣に復讐を誓う子供」「最愛の妻を救えなくて自己嫌悪に陥る夫」といった定番の家族ドラマ的展開も、一切用意されていない。

「状況提示」「批評的主張」「対応策の実行」が個人の承認欲求を満たし、興奮をもたらすシステム。それは「政治」そのものだ。
 日本ではイメージしにくいかもしれないが、多種多様な人種・宗教の人々がひとつの国家をなしている国では、特定の政治家が特定集団のヒーローになることが珍しくない。そういった国の政治家は、特定の民族・宗教・階級・職業の人たちの利益代表として働くことを日本よりずっと直接的に宣言するので、支持者は自らの社会的属性、ひいてはアイデンティティそのものを政治家である彼らに全面肯定してもらいやすい。支持者にとって政治家は、格好の承認欲求マシンというわけだ。
 ここに発生する政治的興奮と呼ぶべきものの典型は、アメリカ大統領選挙の報道で目にすることができる。あらゆる世代の人々が、自分たちの未来を特定の候補者に賭け、一体化し、高揚している。その歓喜と熱狂のボルテージは、日本の選挙とは比較にならないくらい高い。

『シン・ゴジラ』では、大統領候補者レベルの政治家が果たす役割を、矢口蘭堂と彼が率いる対策チームが果たす。彼らは、観客である我々日本人が褒められたくてしょうがない日本人的アイデンティティを、2時間かけて望み通りに承認してくれる。努力と根性。合理性より精神性(以下略)。それらが、「この国はまだやれる(≒Yes we can.)」に代表される胸熱セリフの数々に結実するのだ。つまり、『シン・ゴジラ』で得られる興奮とは、政治的興奮だったのだ。

 政治的興奮とは、国家を揺るがす未曾有の状況下で、清濁併せ呑む度量を持った人間が、大衆を心酔させる麻薬的な演説を携えつつ、ダイナミックな決断をすることでもたらされる。一方、一部の国内政治家の常套句である「国民ひとりひとりの想い」だの「絆」だのといったバズワードには、作劇として面白い政治的興奮など、これっぽっちも含まれていない。
 そう、大いなる政治的興奮の醸成に、個別のチマチマした「人間ドラマ」は邪魔なのだ。庵野監督はそれをわかっていたからこそ、作劇から「人間ドラマ」の要素を捨てた。『シン・ゴジラ』は政治家を揶揄しながら、全体構造としては政治的興奮を再優先で追求した、二重の意味で政治的な映画というわけだ。

 再び大統領選挙の例を出すまでもなく、政治的興奮という蜜の味は、国民の政治参加意識を大いに喚起する。だから、選挙の投票率を上げたいなら、投票日の前日にでも本作をTV放映したほうがいい。少なくとも、国家的危機に際して政治がいかに重要な役割を果たしているかは、確実に実感できる。投票が終わってから池上彰の番組を流すより、幾分かは意味がありそうだ。
(文・稲田豊史)

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