私に「お引き取りください」と言われた彼は、その後も何もなかったかのように、テレビ局の名前を音読しながらイベント会場の人混みを歩いていた。道行く人たちは、見えないふりをして遠ざけたり、通りすがったりしている。
隣にいたイベントスタッフがその様子を見て、「カオナシだ」と言った。
私もその通りだと思った。寂しくて人混みに紛れてうっかり着いてきてしまうカオナシ。何もなかったような顔をしている彼にとって、「お引き取りください」と言われたのは、本当になんでもないことだったのかもしれない。いつももっと、ひどい言葉を吐かれているのかもしれない。私も、どうしたらよいかわからなかった自分が寂しい。
私の悩みは公私共に、人からの好意をどこまで真正面から受け取って、どこまで応えたらよいのかわからないということにある。当然、どちらもできる限り全力でやりたい。しかし、そうしたら自分の心が持たないこともわかっている。
彼は私に嫌がらせをしようと思ったわけではないだろう。大声で歩いても誰とも目が合わなくて、それでやっと話せそうな私を見つけてくれたのだ。
自分の発言が悪いことかもしれないと思ったから、私に小声で話したのだろう。私に否定されたから、焦って距離を詰めようとしたのかもしれない。「たまちゃんのおっぱい吸ってもいいですか?」と言った後、「それは赤ちゃんのやることですね」と、ばつの悪そうに言った彼を思い出す。
さすがにおっぱいを吸わせるわけにはいかないけれど、もっと違う対応があったんじゃないかと、今も考えている。まだまだ人間のできていないうちは、理想の地下アイドルにはなれないと思っている、それが23歳のいまの私。
●姫乃たま
1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへの出演を軸足に置きながら、文筆業も営む。そのほか司会、DJとしても活動。フルアルバムに『僕とジョルジュ』、著書に『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)がある。
★公式サイト<http://himeeeno.wix.com/tama>
★Twitter<https://twitter.com/Himeeeno>
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