SFかと思いきや、あの敗戦を問い直す文芸的作品 古宮あき『あの夏に還して』

1603_anonatsu.jpg『あの夏に還して』(古宮あき/エンターブレイン)

 古宮あき『あの夏に還して』(エンターブレイン)は、絵柄もいまいち発展途上な感じがあるし、面白いのかどうか、不安を感じつつ読み始めた一冊であった。

 物語は、女子大生・藤村京の部屋に、何の前触れもなしに軍服姿の男が現れたところから、始まる。

 赤坂弘之という男は、自分がどうしてここにいるのかわからず京以上に混乱していた。しばし、お互い日本語を話しながらも通じない会話が続いた後、赤坂は叫んだ。

「大東亜戦争はどうなったんですか?」

 そう、赤坂は太平洋戦争のまっただ中、ガダルカナル島で自決したと思っていた。でも、自決した次の瞬間。その身体は、70年も先の日本へと時空を移動していたのである。

 こうして始まるタイムスリップを軸にした物語。優れているのは、もしも実際にタイムスリップしてしまったならば、このような問題が起こるだろうということを、描いていくからだ。

 まず、京は一人暮らしの女子大生。そこに、素性のよく分からない男が一緒に住むようになるわけだから、友人たちには不信の目を向ける者もいる。一応は、従兄弟だと誤魔化す京だけど、日中からプラプラしている男が冷たい目で見られないはずはない。

 最初は、戦争に敗北したとはいえ希望に満ちている21世紀の日本に喜ぶ赤坂であったが、ここで自分がどう生きていくのか、不安は募っている。なにしろ、彼自身は一度は自決をした身の上。遙かな未来で生きていかざるを得なくなったことの、戸籍等々をめぐるリアルな困難。加えて、自分が生きていく価値どこにあるのかという悩みも尽きない。

 そんな困難をさらに深くするのが、21世紀に現れる軍人が一人ではないということ。京と赤坂は新たに、肺を撃たれて戦死したはずの中河昭治という男に出会う。どうにか生きていこうと決意していた赤坂に対して中河は、頑なだ。ここが21世紀であり、すでに戦争が終わったことは理解するものの「俺がここにいる意味などない」と、自決を諦めないのだ。

 この作者が、とんでもない異才の持ち主であることを感じたのは、この後の展開。幾度も自決をしようとしたり、現代を受け入れることのできない中河に、京は語りかける。

「もし私たちが戦争が終わったあとも、まだ不幸な顔をして生きていたらどう思いますか」

「それって、当時の世界が悪いことになるとおもいませんか」

 そう、この作品。単なるタイムスリップSFかと思いきや、作者は戦後70年を経て、あの敗戦をどういうものだったのか? それを、京の視点によって語ろうとしているのだ。

 戦後70年を経ても、あの戦争に敗北してしまったことによる枷を、日本人はすべからく捨てきることができない。作者は、誰もが消化しきれない想いを、今までにないスタイルで描いているのである。

 戦後70年には優れた作品は誕生しなかったが、71年目に、こんな作品に出会うことができるなんて。

 この作品336ページもある分厚い単行本なので一巻完結と思って読んでいたのだが、さらに物語は続いていく。あの敗戦を糧にして、現代日本は本当に希望に満ちているのか? 作品を通じて、もっと作者の言葉を聞きたい。
(文=是枝了以)

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