押井守監督が『GARM』、鈴木敏夫、『まどか☆マギカ』を語る(1) オタクにすらなれない人間は動物化するしかない!? 

押井守監督が『GARM』、鈴木敏夫、『まどか☆マギカ』を語る(1) オタクにすらなれない人間は動物化するしかない!? の画像1押井守監督

 中国の思想家・荘子の教えをモチーフにした『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)をはじめ、数多くの名作・カルト作を生み出してきた押井守監督。ウォシャウスキー姉弟やジェームズ・キャメロンら海外のクリエーターたちにも多大な影響を与えた天才監督の頭の中は、どのような構造になっているのか。今年2月に発売された『押井言論2012-2015』はここ3年間で押井監督がトークショーやメルマガ向けのインタビューでどのような発言をしてきたのかを1冊にまとめたものだ。全656ページに及ぶ『押井言論』を読破すれば、近年の押井監督の思考性を読み取ることができる。カナダで撮影された実写ファンタジー『GARM WARS The Last Druid』の日本公開を5月に控えた天才監督の頭の中を、言葉を介して覗いてみよう。

―― 2015年は『THE NEXT GENERATIONパトレイバー 首都決戦』、清野菜名主演のアクション作『東京無国籍少女』の劇場公開に加え、今年5月に公開されるファンタジー大作『GARM WARS』の仕上げと超多忙な日々を送られた押井監督。55歳から空手を始めたそうですが、作家の今野敏さんの道場には今も通われているんですか?

押井 今年に入ってからは皆勤賞です。さすがに14年は3本も映画を同時進行させていたので道場に通う余裕がなかったけど、『東京無国籍少女』の公開が終わってから空手の稽古を再開しました。錆び付いた身体を元に戻そうと頑張っているんだけど、マックス状態にはなかなか戻らないね。最近は踏ん張ると膝にきちゃう。5年前まではそんなことなかったのに、明らかに加齢による劣化です(苦笑)。

―― 身体のコンディションは、クリエイティブ面にも影響しますよね。

押井 道場に通うことで鍛え直すつもりだったんだけど、舞踏家の姉(最上和子)に言わせると、60歳過ぎてから鍛えてもダメらしい。鍛え直すよりも、むしろ力の抜き方を覚えたほうが体のためにはいいんだって。余計な筋肉を付けるよりも、緊張を解くほうが大切らしいよ。とはいっても姉は舞踏家で、こっちは武道で相手がいるわけだから、力を抜いていたら一方的に殴られちゃう(笑)。僕はまだ空手は初心者だから。でも、これも姉がよく言っているんだけど、「人間は心と体がなかなか一致しない生き物なんだ」ってね。

―― 「心と体が一致しない」というのはすごくわかります。

押井 うん、犬や猫なら生まれて1年もすると心に体が追いつくようになるけど、人間だけは心に体が一生追いつかない。心って脳のことだけど、心と体が一致しているのは無意識状態のとき。体を意識しない瞬間なんだけど、人間はそういう瞬間になかなかならない。若い頃は体力が有り余って心を追い越してしまうし、年齢を重ねると体が荷物になってしまう。人間って、心と体がブレ続ける生き物なんですよ。ピタッと一致している状態は、武道でいえばある種の境地なんだろうけど、そう簡単にその境地には辿り着けない(笑)。

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―― クリエーターとして心と体がピタッと一致した状態で作品を創り上げることも稀ですか?

押井 撮影中にたまにそういう状態になることもあるけど、ほんの一瞬。最近、僕はその状態を“映画脳”と呼んでいるんだけど、映画脳の状態になっていると瞬時で判断できちゃう。役者の動きを見て、「あっ、この場面はこう撮ればいいな」と天候や光の加減とかも全部含めて、パッとわかってしまう。そういう状態って、すごく気持ちいい。パソコンのキーボードを夢中で叩いて、頭で考えていることがそのまま文章になっていく感覚に近いね。まぁ、でも錯覚であることが多いんだけど(笑)。天才だと思って書いていた文章を翌朝、読み直してみると愕然とするみたいなね。でも、『東京無国籍少女』の撮影中はそういう感覚に何度かなった。実写版『パトレイバー』のときも少しだけそうなった。カナダで撮った『GARM WARS』から3作連続して集中して撮ったことで、映画脳に近づくことができた気がする。今はね、映画の現場を離れて、揺り戻し状態なんです。メルマガの原稿を書いたりしているぐらいで、新しい何かを始める状態にはなってないですね。

―― 2月に発売された『押井言論』はそんな押井監督の多忙を極めたここ3年間の発言集となっています。人と話すことで、ご自身の脳内の意識をクリアにしたり、考えを整理したりする部分もありますか?

押井 それはありますね。自分でも通して読んでみたけど、この厚さ(全40万字)にはちょっとメゲる。こんなによくしゃべったなと(笑)。しゃべりながら、考えをまとめているんだなということが、よくわかる。話し相手によっても、内容がずいぶんと変わってくる。辻本貴則が相手だと、辻本はテンポよくツッコミを入れてくれるから話しやすい。神山健治が相手だと妙に絡んでくるから、話が展開しない。お互いにこだわっているポイントが全然違うから。その点でいえば対談相手として最低なのが鈴木敏夫。人が話していると、必ず腰を折るから(笑)。しゃべる内容って、話す相手にずいぶん依存するもんだなという発見が今回ありました。

―― 他者と会話のキャッチボールすることで、思考が広がっていくわけですね。

押井 『押井言論』の前書きにも書いたけど、昔の偉い人は自分で教えを書き残さずに弟子たちに向かってしゃべったんです。出版技術のない時代は弟子に語り継ぐしかなかった。アリストテレスやイエス・キリストといった偉人たちも、弟子の質問に答える形で自分の考えを後世に残したわけです。

―― 世界の押井守は、ついにキリストや釈迦に並んだ!

押井 そんなに偉くはないけど、言ってみればそういうことなんだよね。論文を書くときは自分のロジックでしか語ることができないけど、人と面と向かってしゃべることで、自分でも思ってもみなかったような意外な言葉が出てくることがある。だから、『押井言論』はこれで良かったのかなとね。最初は「やめとけば」と思ったんです。だって、飲み屋でしゃべっているだけなんだから。

―― あ〜、居酒屋トークだったんですか。

押井 飲み屋でしゃべっていたから、ノリがいいのかもしれない。吉本隆明が女流作家と対談した本があったけど、これは酷かった。お互いに警戒しすぎて、相手を一歩も自分の内側に入れようとしなかった。その点、『押井言論』は酒を呑みながらだったから、良かったんだと思うよ(笑)。

―― ファンタジー大作『GARM WARS』がいよいよ5月公開。予告編を観ると、戦車あり、巨神兵あり、犬あり……で期待感が膨らみます。

押井 とても古典的な作品に仕上がりました。自分でもびっくりするくらい、大上段な映画になっています。

―― デジタルエンジンの企画として、2000年に公開される予定だった超大作『ガルム戦記』がやはりベースなんですか?

押井 だいぶ違ったものになりましたね。スペクタクルもあることはあるけど、あまりそっちには気が行かなかった。観た人によるとデラックスな『アサルト・ガールズ』(09)らしい(笑)。そう言われて、「なるほど」と思った。『アサルト・ガールズ』は予行演習のつもりで撮った作品だったから。

押井守監督が『GARM』、鈴木敏夫、『まどか☆マギカ』を語る(1) オタクにすらなれない人間は動物化するしかない!? の画像3『アヴァロン』Blu-rayジャケット

―― ポーランドで撮影された『アヴァロン』(01)はアニメ的演出で実写映画を作った野心作でしたが、それとも違う?

押井 『アヴァロン』は確かにレイアウトありきで作った。絵コンテを用意して、ガチガチに撮った。自分の撮りたいものが撮れた珍しい作品に『アヴァロン』はなったんだけど、後から見直すと息苦しさを感じるんだよね。「なんで、こんなにカッチリした映画を撮っちゃったんだろう」と(苦笑)。時間がね、流れていないんですよ。そういった反省も踏まえて、『GARM WARS』は作っている。いい絵をただ並べても時間は流れない。役者の生理が醸し出すものなんです。今回やってみることで、自分の過去の作品の未熟さもわかってきた。『アヴァロン』に比べて今回のほうが予算はあったけど、向こうのポスプロがダメで、日本に全部持って帰って突貫で仕上げるはめになった。『アヴァロン』ほどの細かい仕上がりにはなっていないけど、役者が醸し出す時間みたいなものは描けるようになってきた。そういうのって、やってみないとわからないんです。頭で考えるのではなく、体にしっくりくるというね。お姉ちゃんが言うところの“身体知”ってヤツ。脳じゃなくて、身体にも知性は宿るんだよ。映画って、それがあるからいいと思う。本を読むときに脳みそを通して感じるエモーショナルなものと映画で体感するものって違うからね。

―― 『GARM WARS』は観客に身体知を感じさせる映画?

押井 う〜ん、それは観た人によると思う。結局さ、何を期待して観るかということなんですよ。『ロード・オブ・ザ・リング』(01)みたいなものを期待されると拍子抜けすると思う。ハリウッド映画は観た人にリッチさを体感させるものだからね。それと比べられても仕方ない。でも、観る側とは別の問題で、作る側としては丘の上に立ってみることが大事なんです。ファンタジー大作としては『アバター』(09)なんかがすでにあるわけで、丘の上に旗はもう立てられている状態なんだけど、丘の向うにどんな光景が広がっているのか自分の足で丘の上まで登って確かめてみる必要があったんです。(※後編は明日2月28日配信予定の後編に続く)

(取材・文=長野辰次)

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■おしい・まもる
1951年東京都生まれ。『うる星やつら オンリー・ユー』(82)で劇場監督デビュー。主な劇場アニメ作品に『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)、『機動警察パトレイバー the movie』(89)、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(95)、『イノセンス』(04)、『スカイ・クロラ』(08)など。『アヴァロン』(01)、『アサルト・ガールズ』(09)、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』(15)、『東京無国籍少女』(15)ほか実写映画も多数監督。カナダで撮影された実写ファンタジー『GARM WARS The Last Druid』は2016年5月20日(金)に公開予定。『世界の半分を怒らせる』(幻冬舎)ほか著書も多く、『押井言論2012-2015』(サイゾー)が2月2日に発売されたばかり。

『押井言論2012-2015』
押井守監督の3年間にわたるインタビュー40万字を完全収録。内容は映画論、アニメ論、人生観、死生観、時事問題など多岐にわたり、新作『GARM WARS The Last Druid』がどのような過程を経て、製作されたのかをうかがうことができる。定価5000円+税にて絶賛発売中。

■映画『GRAM WARS(ガルム・ウォーズ)』
5月20日ロードショー
http://garmwars-movie.com/jp/

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