【実写映画レビュー】まるで“音のない”音楽、3度の「おあずけ」の末に訪れる快感とは――?『スティーブ・ジョブズ』

 では、この飛ばしまくった変化球は打ちにくいから不快なのかといえば、そんなことはない。むしろ、死ぬほど気持ちいい。それは、本作が超絶技巧を駆使して「裏拍(うらはく)」を取ることに徹した映画だからである。

 音楽用語である「裏拍」とは、鳴っている音と音、刻んでいるリズムとリズムの間に打つ拍子のことだ。ダンスの掛け声でいうなら「ワンエン、ツーエン、スリーエン、フォーエン……」の「エン」の部分。音楽の先生が口にする「1と、2と、3と、4と……」の「と」の部分。カラオケでトリッキーなタンバリンを入れる基本も、この「裏拍」である。

 うまい裏拍は、聴いていて気持ちがいい。ちょうどいい大きさの穴に、ちょうどいい大きさのモノがすっぽりハマった感じがするからだ。
 うまい裏拍は楽曲のリズムを際立たせる。「音のない部分」に確固たる規則性をもって拍を打つためには、「音のある部分」についての深い理解が必要だからだ。

 通常の伝記映画でジョブズを取り上げるなら、華々しい「音のある部分」を中心に描くのが定石だろう。相棒の天才エンジニア、ウォズニアックとの出会いや友情。破天荒でコミカルなヒッピー生活。アップル社の設立。革命的マシン「Apple I」「Apple II」の初出荷。初代マッキントッシュやiMac、iPod、iPhoneの開発エピソード。ジョブズの名プレゼンや名言、進歩的で型破りな思想。権力をコケにする痛快な態度など。ハイライトには事欠かない。

 しかし、本作で、これら口当たりのいいエピソードは描かれない。もしくは、回想でさくっと触れられるのみだ。

 描かれるのは、むしろ「音のない部分」である。ウォズニアックとの確執。元妻との罵り合い。認知を拒んだ娘との軋轢。プレゼン前のリハーサルや、スタッフとのヒリヒリした会話。ジョブズが抱える深い深い闇の数々。

 これら「裏拍」を執拗に、しかしきわめて誠実に打ち続けることで、むしろ曲のリズム、すなわちジョブズという人間の本質が浮き彫りになっていく。実際、本作は総尺127分間のほとんどが会話劇で占められ、劇伴(BGM)もかなり抑えめだが、まったく冗長さがない。とてつもなくテンポがいいのだ。

スティーブズ 1 (ビッグコミックス)

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