「姫乃たまの耳の痛い話」第30回

テレビに出て、有名になって、彼を見返して……アイドルを辞められない女の子が見続ける夢

■衣装チェック、そして彼を見下した日……

 あるライブの日、どこで情報を聞きつけたのか、フロアに彼の姿を見つけました。オタ芸を打つ観客たちから離れて、いつもの履き古したジーパンとサンダルのまま、後方にゆらりと立っていました。思えば、相方の女の子も喫茶店の常連ですし、そもそも一緒に住んでいるので、どこでライブの日時を知ってもまったくおかしくありません。いつかこんなこともあるだろうと思いつつ、活動に夢中になっていた彼女は冷たい汗をかきました。

 その日は物販中も気が気ではなく、そろそろと帰宅すると、彼は玄関に背を向けて座っていました。「ただいま」と小さく声をかけると、「お前、衣装の露出多いよ」と言われました。寂しい声でした。露出は、多くありません。Tシャツにスカートです。普通です。でも、彼はそのスカートを短いというのです。

 話し合いはこのように自然と始まり、「ロリータ服はどうか」と提案する彼女に、彼は「そんな媚びた服装はだめだ」と返し、押し問答の末、「まあ冬だし、可愛いコートでも着ればいいね」という妙なところで落ち着きました。話の終わりに「今度、チェックしに行くからな」と、寂しいことを言って男は布団に潜りました。

 翌日、「次の衣装、コートでどうかな」と提案すると、相方の女の子は、案の定「はあ?」と、間の抜けた不思議そうな声を出しました。事情を説明すると「別れたほうがいいんじゃない?」ということになり、意外な(他者からすればとても自然な)提案に、彼女のほうが驚きました。

 とにかくコートは変だし、夏はどうするのという話になり、衣装の話はそれきり、次のライブにも、その次のライブにも同じ衣装で出演しました。油断し始めた頃に彼が見つけて、彼女は初めて男に殴られました。彼女は男の家で畳に伏せながら思いました。

 全然集客もできない、誰にも理解されない弾き語りをやってるくせに、うるさく言うんじゃねえよ。

 そう思いながら、そんなことを思う自分にとても驚いていました。

 彼女は男の家を出ました。ずっと年上の男が、とても頼りなく思えました。事情を聞いた相方の女の子は、男に見つからないように、「しばらくライブの告知はしなくていい」と言ってくれました。告知や集客もしなくていいから、ライブだけ出てくれればいいよと。純粋に自分が必要とされていることが嬉しく、同時に、またもこそこそと生活しないといけない現状に腹が立ちました。男に止められれば止められるほど、彼女は意地でも地下アイドル活動にしがみつきたい気持ちになりました。

 それから時は経ち、彼女も今年で24歳になります。高校を卒業し、大学を卒業し、喫茶店のアルバイトは辞め、相方の女の子も随分前に地下アイドルを辞めてデザイン会社に就職しました。いまはひとりで地下アイドルとして活動しています。

 初めての恋人が情けなかったこと、貴重な10代を費やしてしまったことを、いまでも気に病んでいるようです。テレビに出て、有名になって、彼を見返して……その気持ちだけが彼女の原動力になっているのです。この仕事をして、あの仕事もして、次こそ、次こそ、売れるかもしれない。急には売れなくても、何かに繋がるかもしれない。もっと売れたら、もっと有名になったら、やめよう。そう思いながら、地道に活動を続けています。

 話は冒頭に戻ります。器用に巻かれた髪が、鎖骨の辺りでふらふらと揺れていました。

●姫乃たま
1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。地下アイドル/ライター。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで地下アイドル活動を始め、ライブイベントへ精力的に出演するかたわら、ライター業ではアイドルとアダルトを中心に幅広い分野を手掛ける。そのほか司会、DJ、モデルなど活動内容は多岐にわたる。現在、当連載を収録した初の著書『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー刊)も好評発売中!

[公式サイト]http://himeeeno.wix.com/tama
[公式Twitter]https://twitter.com/Himeeeno

[【はてな】地下アイドル姫乃たまの恥ずかしいブログ]http://himeeeno.hatenablog.com/
[【ブログ】姫乃たまのあしたまにゃーな]http://ameblo.jp/love-himeno/

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