もう『ガロ』とは時代が違う──『はすみとしこの世界』を機に青林堂サイドが語った「ヘイト出版社」呼ばわりされた1年間

1512_seirindo.jpg「青林堂」公式サイトより。

「正直、こんなに売れるとは思っていなかった」

 会議室で応対した社員は、そう話し始めた。

 出版社・青林堂はある意味で、今年もっとも注目された出版社ということもできるだろう。

 5月に発売された富田安紀子氏のマンガ『日之丸街宣女子』をはじめとした、いわゆる「行動する保守」陣営の論客の書籍、同じ立場に立つ隔月刊論壇誌「ジャパニズム」を発行する同社は、逆の立場からは「ヘイト出版社」というレッテルを貼られて批判されている。

 批判の側からは、かつて同社がマンガ雑誌「ガロ」を出版していたことを挙げて、志を失い「ネトウヨ出版社」になったかのごとく非難する。とりわけ「東京新聞」が今年1月10日付特報面に掲載された同社を取材した記事では「昔“ガロ”今“ヘイト本”」という見出しが注目を集め、それ以降「『ガロ』の出版社が……」という論調の批判は繰り返されている。

 そもそも、今回の同社への取材の端緒は、19日に同社からイラスト集『はすみとしこの世界 そうだ難民しよう!』が出版されるホワイトプロパガンダ漫画家・はすみとしこ氏に話を聞きたいというものだった。はすみ氏は、今年9月にシリア難民の少女をモチーフとし「他人の金で楽に生きたい。そうだ難民しよう!」という言葉をつけた風刺イラストで注目を集めた人物。このイラストには批判が殺到し、現在でも止むところをしらない。

 そんな、はすみ氏の単行本が発売されることが告知されると、一時は小康状態だった批判が再燃。一部の出版業界関係者らで組織され『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(ころから)という本も出版している「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」は、これを問題視。署名サイト「change.org」を利用し「書店・出版業界は『そうだ!難民しよう!』による差別と憎悪の拡散に加担しないでください!」というキャンペーンを実施している。

 また「反ヘイト」活動家がFacebookで、はすみとしこ氏に「いいね」をしていた個人のリストを作成・公開し問題となるも、活動家のほうが非難を浴びた一連の「ぱよぱよちーん」騒動も記憶に新しい。

 こうした状況の中で、はすみ氏がホワイトプロパガンダ漫画家を名乗り、自らの思想を主張する意図。さらに、批判者たちをどう捉えているかを取材で聞いてみたいと思った。

 しかし、現在はすみ氏はインターネットを通じた批判者への対応に疲弊し、精神的に不安定になり休養中なのだという。

 担当者から丁寧な電話を受けた筆者は、ここで改めて青林堂の編集者の話を聞いてみたいと思った。「ヘイト出版社」というレッテルを貼られても、主張を曲げずに出版を続ける同社の意図そのものにも興味があったからだ。

 こうしてやってきた青林堂は、渋谷駅からすぐ。渋谷警察署の裏にある雑居ビルに入居している。「反ヘイト」を主張する批判者たちからは悪鬼のごとく見られている同社だが、オフィスは、ごく普通である。棚に在庫や見本が並ぶだけ。特段、プラカードや横断幕が置いてあるわけではない。批判者からの襲撃を恐れて、厳重な警戒をしているかとも想像していたのだが、社内には平穏な空気が流れていた。

「これまで何度も出版物が批判されていますが、ウチには“こんな本を出すな”という電話やメールは、あんまり来ていないんですよね」

 そういって担当者は、はすみ氏の出版の経緯を説明してくれた。同社に、はすみ氏を紹介したのは、インターネットでは「テキサス親父」の通称で知られるアメリカの論客トニー・マラーノ氏の日本の窓口である「テキサス親父日本事務局」だったという。

「当初は、ネットで公開していたマンガを書籍化できないかという話でした。けれども、マンガとしては素人すぎるため出版は困難だと考えていました。それで、半年ほどやりとりしているうちに、はすみさんが一枚絵の風刺イラストを描くようになり、これだったらいけるだろうと判断したんです」

 それでも、編集サイドでは、さほど売れる本にはならないのではないかという思いもあった。ところが、出版が決まり作業の行われていた9月になり、難民のイラストをめぐる騒動が勃発。一挙に注目を集めることになったのだという。

 今年1年だけで『日之丸街宣女子』をはじめ『テコンダー朴』『新版 朝鮮カルタ』と、青林堂の出版物は幾度も注目を集めている。

 しかし、はすみ氏だけでなく、そのすべてが最初から「これはヒットする」という自信があって出版したものではないのだという。とりわけ『テコンダー朴』は、昨年7月に同社に持ち込まれていたが「作者が無名なので、売れるとは思えない」と、しばらくペンディングしていた作品だという。

「ご存じかと思いますが、出版社は一定コンスタントに本を出し続けなくてはなりません(註:取次に出版物を納品すると、委託販売代金の見込払いが行われる=一旦、出版社は代金を得られる)。ここ一年を振り返ると、そのために、とりあえず出版しておこうかと思った本が売れたケースばかりでした」

 前述の「東京新聞」の記事では、同社社長が、いわゆる「ヘイト本(註:同社の呼称では保守本)」を出版する理由として「経営上の問題」だと答えている。それゆえ、批判する人々は「ネトウヨの篤い支持がある」という目で見ているだろう。しかし、取材に応じた担当者は、そうした見方を否定する。

「読者の多くは一般の人ですよ。ネトウヨで商売していたら商売になりません。ほかにもさまざまな保守の本を出版していますけれど、部数が伸びているわけではありませんしね」

 今年の数作のヒットが「反ヘイト」を主張する人々の強烈な批判をやったおかげだということは、担当者も認める。だからといって、それが何度も続くとは思っていないようだ。

「それぞれの本は、毎回違う方法で爆発しています。どうやったら注目されたり炎上するのか、方法は正直わかりません。神のみぞ知るといったところでしょうね」

 今年はヒット作が出たことで「社員に十分なボーナスを支給できる程度には儲かった」のは確かだという。ネットで注目を集め、Amazonでランキング上位に入り、書店からの注文も増えて、さらに売上が伸びたという事実は、確かに存在した。けれども、それも決して大きな儲けではない。それぞれの発行部数は企業秘密とのことだが50万部とか100万部のような数字でないことは、容易に想像できる。

 一部のヒット作を除けば、1万部も売れたら「よく売れたなあ」と賞讃を浴びるのが出版の実情だ。たとえ少ない部数でも、書物は大きな影響力を持つことがある。ゆえに「反ヘイト」を主張する人々の批判が苛烈になるという文脈も理解はできる。けれども、他人の商売、ひいては生活を破壊した挙げ句に言論表現を封殺してしまう行為を許してよいものなのか?

 実際、同社に直接抗議するのではなく書店などに「販売をするな」と圧力をかける行為は、一部で効果をあげているようだ。

「地方のチェーンでは、置いてくれないところも出てきています」

 けれども「しかし」と一言を間に挟んで担当者は、言葉を続けた。

「初動では置いてくれなかった書店が、売れるので置かざるを得ない状況になって後から注文が来ることもあるんですよ」

 この言葉に彼ら自身も決して売らんかな主義で商売しているのではなく、出版人としての矜恃を持っているのだと思った。

「憲法21条では、言論、表現、出版の自由が認められています。うちのような本も出版されて左翼の本も出版されていて、読んだ上で論争が行われているのが正常な社会なのではないでしょうか。先日、ジュンク堂渋谷店で民主主義について考える本のフェアが批判されて中止になる事件がありましたよね。うちの本とSEALDs系の本を並べるフェアなんかもあってよいと思います。どちらが売れるでしょうか」

 筆者が最後に尋ねたのは、冒頭で記したいまだに「『ガロ』の出版社が……」という批判についてだった。

「『ガロ』が休刊したのは2002年。時代が違います。今『ガロ』を出しても“『コミックビーム』かよ”といわれるでしょう……『ガロ』が2015年の現在も続いていれば『コミックビーム』のようになっていたのでしょうけれど。他社を批判するのもあれですけれど『アックス』なんて作家に原稿料も払わずに、よく続けられるもんだなと思います。サブカルはもうダメですよ」。

 筆者自身も日々目にする多くの書籍の中で「これは許せない」「ふざけんな」と思うものに出会うことはある。けれども、衆を頼んで売らせないことを目指そうとは思わない。批判の一線を越えた行為は、いずれ自分にも跳ね返ってくることがあるのだから。表現を世に送り出す人々の意志を問うことはあっても、送り出すこと自体を止める行為は超えてはならない一線だ。
(文=ルポライター/昼間たかし http://t-hiruma.jp/

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