改めて考えるマンガ家という職業と表現の自由。富田安紀子『日本が好きでなぜ悪い!-拝啓、『日之丸街宣女子』から思いを込めて-』

 やたらと「表現の自由」をめぐる事件が頻発した2015年。改めて「表現の自由」という概念は、個々人の経験や立ち位置によって、まったく異なること。そして社会的正義を錦の御旗にした、いわゆる「正義の暴走」を目の当たりにした。

 そうした事件のひとつが、5月に出版された富田安紀子氏のマンガ『日之丸街宣女子』(青林堂)をめぐる問題だった。この作品をめぐって「反ヘイト」を主張する人々の暴走は著しく、富田氏が出演する予定だった町おこしイベントまでもが中止に追い込まれる騒動となった。一連の騒動の過程では、筆者も富田氏と富田氏を批判するマンガ家・高遠るい氏に取材して記事を執筆したが、その記事に対する反応で、改めて「反ヘイト」の暴走を目の当たりにした。

 それから半年あまり。情勢は「反ヘイト」を主張する人々が暴走の果てに自滅していく段階になっている。そうした中、富田安紀子氏の新著『日本が好きでなぜ悪い!-拝啓、『日之丸街宣女子』から思いを込めて-』(ワニブックスPLUS新書)が発売となった。

 この本は、一連の騒動を中心として富田氏がマンガから社会情勢まで自らの書き記した作品である。マンガ家としては長いキャリアを持つ富田氏であるが、新書は初めてのもの。しかも、新著にありがちなインタビューを元にライターがまとめている形式かと思いきや、すべて自分で書いたのだという。その結果として、心地よいほど強烈かつ正直な文章が綴られている。

 何しろ、書き出しを富田氏は「ワニブックスPLUS新書の読者諸氏は、ほとんど漫画は読まれないと聞いた」から始めるのである。

 第一章で富田氏は、『日之丸街宣女子』の出版元である青林堂を説明するにあたって、2002年に休刊したマンガ雑誌『ガロ』について記述し、こうまとめる。

「2002年に、さまざまな紆余曲折と内部分裂の末に『ガロ』は実質上廃刊となり、青林堂自体も現・青林堂と青林工藝舎とにわかれた。かつてのガロの正当な流れを継ぐ編集者は残っておらず、おそらくは志も変わったと思う。それを惜しむ方々には悪いが、これも時代だ」

 文章からそこはかとなく、ひとつのカルチャーシーンが消滅したことを残念がっているふうに読み取れる。そう、富田氏は自分が見て、率直に考えたことを正直に記すことに躊躇ないのだ。あまり、誰も注目していないようだが『日之丸街宣女子』は、冒頭、ヒロインは幼なじみが参加しているデモに忘れ物を届けにいくシーンから始まる。この時に、ヒロインは、最初は幼なじみの男子が過去にオカルトなユダヤ陰謀論にハマっていたのを思い出し「またか」という感情を抱くのである。

 読み方によっては「行動する保守に賛同するのは、陰謀論にハマるような人々」のようにも受け止めてしまいそうだ。富田氏に取材した時に、このシーンの意図を尋ねたのだが「多くの人はそうした経験を持っていると思う」とのことだった。なるほど、確かに政治的な立場に寄らずオカルトや陰謀論に惹かれるのは、人生の中で一度はあること。そうした「黒歴史」を持つのが人間の本来の姿である。そうした部分を覆い隠したりしないのが富田氏の独自性である。

 とりわけ『日之丸街宣女子』出版後の顛末を記した第二章では、怒りがダイレクトに伝わってくる。中でも同業者であるマンガ家たちからの攻撃には「漫画家は自らの作品がすべてだ」として、怒りを隠さない。本文中では同業者からの批判の事例として「漫画元気発動計画(本文中ではイニシャル表記)」のメンバーによる富田氏の配偶者の勤務先を、わざわざ取り上げてのネットでの攻撃を記している。「ヘイトスピーチ」をめぐる問題に限らず、本題と関係ないことを絡めて攻撃すれば単なる脅迫である。行間から富田氏の怒りが伝わってくるのはいうまでもない。

 この正直な文体とテンションは、富田氏が感心をもつ事象の各論を記した第六章まで止まるところを知らない。近年、社会問題や社会批評を扱うメディアというのは、どこか逃げ道を用意して「冷静さ」や「中立」を装った上から目線になりがちである。そうした、得体の知れないお約束とは無縁に本音を記している本書は、政治的スタンスを問わずインパクトを与えてくれる一冊だろう。

 唯一、編集部の方針で一部の人々の名前や組織がイニシャル表記になっているのだけが、残念。
(文=昼間たかし http://t-hiruma.jp/

■編集部追記
本記事掲載後、「漫画元気発動計画」代表の樹崎聖氏より「漫画元気発動計画」ネットラジオのMCを担当していた人物が「漫画元気発動計画の~」と名乗って富田氏と論争していたが「漫画元気発動計画」とは無関係である旨のご連絡を頂きましたので、ここに追記します。

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