矢塚かつや『WEB小説家になろうよ。』人生をかけたバトルの方法は「ラノベの投稿」……

2015.10.22

 最近、書店に並ぶライトノベル作品でよく見かけるのが、どこどこの投稿サイトでPV(ページビュー)数が幾つだったという表現。とにかくネットで大人気→商業出版というのは、当たり前の流れになってきました。でもね、投稿サイトで人気を誇る小説でやたら多いのが、異世界へ召喚したりされたり転生したり。もうずっと、異世界多すぎです。

 さて、今回紹介する『WEB小説家になろうよ。』は、MF文庫Jでデビュー以来、レーベルを渡り歩く早矢塚かつやのダッシュエックス文庫の初作品です。

 タイトルだけ見ると、ウェブで小説家になるためのマニュアル本と勘違いしそうですけど、そうではありません。でも、そうではないのに小説投稿サイトで人気を得る方法が、ものすごく理解できてしまうというマニュアル的な要素も秘めているという、今までになかったタイプのラノベです。

 物語の主人公・東山静司は高校生ですが、小説投稿サイト『もの書きになろうぜ』に投稿している、自分の作ったプラモが異世界で夢想する小説『プラモ無双』がめでたく文庫化されています。いやいや、現実世界で「将来はラノベ作家になりたい」とかいっている高校生あるいは大学生とは大違いですね!

 そんな羨ましい静司も、密かに難題に直面していました。それは、続きが書けないことです。かつては3日おきに更新を欠かさなかったのに、いくらパソコンを立ち上げても続きを書くことができないのです。

 これ、リアルでもありがちな話です。めでたく出版社から声がかかって、夢の商業デビュー。そこそこ売れたので第2巻の発売も決定……したのに書けなくなってしまう人は、けっこういます。理由はさまざまですが、見えない読者の期待というプレッシャー。もしかして、自分は文章もプロットも凡庸なんじゃないかと将来を悲観してしまうとか。

 ともあれ、書けないけれども投稿サイトのチェックだけは毎日やっている静司。そんな鬱々とした気分が続いたある日、彼は自分の小説の続きが勝手に投稿されているのに驚きます。文章が無茶苦茶なのに、引き込まれてしまうストーリー。不正アクセスした上に、勝手に続きを投稿していたのは、ほとんど会話もしたことのないクラスメイトの黒髪美少女・西園海玲だったのです。

 この妙な出会いをきっかけに、2人は合作で小説を書いていくことになります。舞台となるのは、学園のネット文芸部。なんでも、文芸部は去年「純文芸部」「一般文芸部」「ラノベ文芸部」「ミステリ文芸部」などに分裂したのだといいます。いや、最初からジャンルを絞りすぎです。この学園の生徒は、どれだけ狭い世界に生きていたいんだ。

 ネット文芸部(投稿サイトに小説を投稿するだけでなく、Yahoo!知恵袋みたいなサイトに回答を書くことに命をかける生徒がいたりする部活です)の顧問は処女のロリババアだったり、賑やかな環境の中で青春を描いていくのかと思ったら、違いました。

 始まるのはバトルです。かつて、海玲とコンビを組んでおり『もの書きになろうぜ』では静司も一目置く投稿者の正体である金髪美少女・ヘレンと、どちらが海玲とコンビを組むかめぐって投稿バトルが始まるのです。

 さすが集英社のラノベ。これまで、世の中に存在する大抵のものはバトルにしてきた会社ならではの展開でしょう(陶芸バトルとか写真バトルとか、いろんなバトルを思い出しますね)。

 ここで作者が巧みなのは、熱く戦うだけではなく、登場人物たちの物語を利用しながら異世界・グルメ・TSなど、誰にでも受け入れられやすいジャンルの基本を解説したりすることです。うーん、この作者は情熱を紙に叩きつけるより、緻密に計算しながら作品を組み立てていることがよくわかります。

 読み進めていくうちに、小説でも投稿してみようと思う気になる本作品。とりわけ魅力的なのは海玲の危うい壊れ方です。美少女かつ地域の大病院のお嬢様なのに、字や文章はメッタクソ。教室では静司を無視するくせに『プラモ無双』の文庫本にサインをねだる。かと思えば、キスシーンを描くためにキスの実践もいとわない。

 この思春期の少女にありがちな不安定さ、素敵すぎます!
(文=大居候)

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