もともと売春で栄えた地域なのに……三重県志摩市の海女「萌えキャラ」をめぐる不毛な論争

150813_aoshimamegu.jpg三重県志摩市公認・海女萌えキャラ「碧志摩メグ」公式サイトより。

 三重県志摩市が公認する萌えキャラ「碧志摩メグ」をめぐり、市に対して公認撤回を求める署名活動が行われているというニュースは、さまざまな議論を呼んでいる。

 報道によれば「碧志摩メグ」への批判は、露出した脚を指して「女性蔑視である」「海女の文化やイメージを損なう」というものだという。海女に対して性的欲望が喚起されるのは、相当のマニアを除けば昭和の産物かと思っていたが(新東宝の映画『海女の戦慄』『怪談海女幽霊』『海女の化物屋敷』なんてのがあった)、どうもそうではないと考える人もいるらしい。

 志摩市が地元PRのために利用している“萌えキャラ”である以上、判断は地元の人々に委ねられるべきだろう。だが、ネットではさまざまな見方が渦巻いている。萌え絵がエロを内包しているのに気づかないことを批判する声。海女はもともとエロいという声。海女をバカにしていると思われても仕方がないという声。キャラの描き方自体がセクハラであるとする声など、意見は多様だ。

 いずれにしても議論は「碧志摩メグ」の性的要素、有り体に言えば、エロいことの是非へと収斂されているようだ。

 だが、こうした議論の中でまったく放置されていることがある。それは、志摩市を中心とした地域が特殊な性風俗の文化を育んできた土地であるということだ。

 いよいよ過去のことになろうとしているが、志摩市に編入された旧磯部町の渡鹿野島は、21世紀になっても公然と売春が行われる「売春島」として数々のメディアに取り上げられてきた。

 リアス式の海岸が連なる鳥羽から志摩にかけての地域は、古くから、行き来する船が立ち寄る風待ち港として栄えてきた。その必然として、遊女は当たり前のように存在していたのである。戦前、鳥羽に在住していた岩田準一が著した『志摩のはしりがね』(国立国会図書館近代デジタルライブラリーで閲覧可能)には、明治の頃まで存在したこの地方独特の船遊女の生態について克明に記録されている。

 志摩国にも鳥羽をはじめ、あちこちの小港に女郎がいて、これを“はしりがね”の総称をもって呼んでいた。

 船遊女と記したように、港に船が入ってくると小舟で出かけていき、船上で春をひさぐのである。とりわけ、安乗・渡鹿野・三箇所(いずれも現在は志摩市)の港では、味噌汁の具にする菜を船に売りにいき、売春を兼ねることから「菜売」と呼ばれていたという。この売春の形は、明治時代になり帆船が汽船へと変わり、風待ちに寄る船が減少すると寂れていった。そして、1900(明治33)年に内務省が「娼妓取締規則」を定めるにあたって終焉した。とはいえ、この地域の売春が消滅したわけではなく、客を、船乗りたちから伊勢参りの後にやってくる観光客へと変えて続いていった。

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